これでばっちりニュースな言葉 「残業上限100時間未満」はどうして問題なのか? こたえる人 ジャーナリスト 北 健一さん
今号から新コーナーを始めます。さいきん目にした気になる話題、職場で話したあのニュースを、そもそもから解説します。今回とりあげる言葉は「残業時間」。解説役は、最近『電通事件 なぜ死ぬまで働かなければならないのか』(旬報社)を出版した、ジャーナリストの北健一さんです。
政府が「働き方改革」の一環として残業時間についてのルールを変える労働基準法を改正する方針を明らかにしたことで、労働時間の問題にかつてなく注目が集まりましたね。
働き過ぎで死ぬ異常
日本ではこれまで、労働基準法で「一日八時間、週四〇時間」という原則がありながらも、「36(さぶろく)協定」と呼ばれる労使協定の特別条項さえ結べば、経営者は天井知らずで労働者を働かせることができました。
経団連に加盟する大企業を中心に、月一〇〇時間を超える残業ができる36協定が数多く結ばれ、労働時間を短く申告させたり、割増残業代をきちんと払わないこと(いわゆるサービス残業)と相まって、長時間過重労働が職場に蔓(まん)延し、国が認定しただけでも毎年約二〇〇人もの過労死、過労自死が出る痛ましい事態が続いてきました。
過労死基準、根拠は
厚生労働省の過労死認定基準では、発症前の二~六カ月間におおむね月八〇時間を超える残業をしていれば、業務と発症との関連性が強いと評価されます。発症前一カ月の残業がおおむね一〇〇時間を超える場合も同様です。
根拠はなんでしょうか。労働科学研究所の上席主任研究員、佐々木司さんは、一日五時間の睡眠が取れなかったら脳・心臓疾患の罹患率が高くなるという研究結果があり、「睡眠が五時間取れないのは、どれくらいの残業か」を逆算した、と説明します。
月二〇日勤務とすれば「八〇時間」は一日あたり四時間の残業になります。所定八時間プラス残業四時間、休憩一時間だと職場に居る時間は一三時間。通勤に片道一時間かかるとして往復二時間、食事などその他の生活すべてを四時間で済ませても、残りはちょうど五時間。寝入るまでに必要な時間もありますから、これでは五時間の睡眠は取れません。そんなに働けば、誰だって心や体が壊れてしまいます。
大切な人を仕事で亡くした過労死家族が声をあげ、多くの労働組合も協力し、二〇一四年に過労死防止法が成立しました。そこで、過労死防止対策の推進は「国の責務」と明記されました。政府も当初、「欧州諸国に遜色のない水準を目指す」としていました(昨年六月の閣議決定)。EU指令では、残業を含めた労働時間の上限は週四八時間と定められているので、残業は月三四時間程度です。
後ろ向きの「改革」
ところが、政府の「働き方改革実現会議」でまとまった案は、特別に忙しい月は「月一〇〇時間未満」、「二~六カ月平均で八〇時間」「年七二〇時間」まで残業させていい、という内容でした。年七二〇時間の中に休日労働はカウントされないので、休日も働く場合、「毎月八〇時間、年九六〇時間の残業」まで認められることになります。
政府は、過労死ラインの労働を法律で認めてしまうのでしょうか。「全国過労死を考える家族の会」代表世話人の寺西笑子さんが「これでは過労死する働き方にお墨付きを与えるようなものです」と怒るのも当然です。
なお、こんなに甘い規制でさえ、医師や運送業、建設業には五年間も適用されません。医師や運転手らの命とともに、彼女・彼らが過労に陥ったために起きる、医療事故や交通事故なども心配です。
電通での過労自死事件もきっかけに、労働時間短縮に動き始めた企業もあります。国がこんな後ろ向きの法案を出せば、せっかくの努力がしぼみかねません。
「過労死防止・仕事で死なないこと」は最低限の要請です。ほんとうはその先に、友人や恋人、家族と過ごしたり、趣味や学びなどにあてる生活時間を確保することが、憲法が保障する「幸福追求権」の基礎としてめざされるべきです。充実したオフでの気づきや経験は、いい仕事にもつながります。
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(きた・けんいち)一九六五年広島県生まれ。フリー記者として企業経営、経済事件などを中心に取材・執筆。著書『その印鑑、押してはいけない!』、共著に『委託・請負で働く人のトラブル対処法』など。えひめ丸の沈没事件のルポで第一三回週刊金曜日ルポ大賞優秀賞。出版労連でも活動中。
(民医連新聞 第1642号 2017年4月17日)
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