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民医連新聞

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17 男の介護 千代野さんとの奮闘記 [著・冨田秀信] 中途障害者でも

  妻が倒れて介護をしてきたこの20年間、徘徊や短時間の行方不明は数限りなくあったが、全て無事、怪我なしと、不思議な力を持っているのでは…? といつも思う。
 今でも、今日が何日か? 今食べているご飯は何か? 分からない。長男次男を、自分の弟2人(60歳過ぎの)の名前で呼ぶ。それでも…?!
 10数年前、妻の保母時代のOBとのお茶の席に同席した時の話。誰かが「あの人の旧姓何だったかな?」(例えば、現姓田中、旧姓山田とする)、「ほらほら、田中さんの旧姓よ」。健常な60歳前後の保母OB一同が首を傾げて思い出せないでいた時、妻が「山田さん!」と大声で言った。周りはビックリして拍手。「なんと、千代野さんが旧姓を覚えていた!」と。輝いていた青春期の保母時代の仲間の名前を、健常者が忘れているのに認知症の障害者が覚えている。どういう記憶の回路が彼女の脳にあるのか…。
 これもごく数年前、夫婦で参加した会合での資料の読み合わせでの時。参加者が順番に数行ずつ読む。妻の順番になって、司会者は妻を飛ばした。恐らく妻には読めないと判断したのだろう。私は即座に「待って下さい。彼女はキチンと読めます。漢字も句読点も、カッコ部分もキチンと」。妻は読んだ。予想通りキチンと。周りの驚きの顔。
 これが縁で、妻は婦人団体のイベントで宮沢賢治の「雨ニモマケズ」を、100人の前で見事に朗読した。先の会合に増しての拍手と、「あの千代野さんが…」の声。朗読前に私が彼女を紹介した。「皆さんはこういうイベントでは、本番に向けてリハーサルをされるでしょうが、妻にはそれがありません。なぜって覚えられないからです。だから毎回が本番です。これから読む『雨ニモマケズ』もそうです」。
 朗読を終えた後、私自身も、「そうなんだ。健常者は『見かけ』や『大人社会の嘘』などがつきものだが、彼女はリハーサルなしのその場その場での正直な生き様なんだ」と思うようになった。


とみた・ひでのぶ…96年4月に倒れた妻・千代野さんの介護と仕事の両立を20年間続けている。神戸の国際ツーリストビューロー勤務

(民医連新聞 第1633号 2016年12月5日)