広がる貧困と国民の怒り 社保分野での市民運動を ――後藤道夫 都留文科大学名誉教授
第1回評議員会 講演から
第一回評議員会では都留文科大学の後藤道夫名誉教授が「安倍政権の社会保障解体路線との対抗、総がかりの運動を」と題して講演しました。全世代に広がる貧困を豊富なデータで示し、「社会保障の総がかり運動」の可能性を語りました。(土屋結記者)
まず後藤さんは、七月の参議院選挙にふれて四野党と市民の共闘が非常に大きな力を発揮した、と評価。「今後の共闘は、戦争法だけでない暮らしに関わる国民の強い不満や怒りに応えられるかが問われる」と振り返り。そして「二〇一七年に向け参院選後から着々とすすめられている社会保障改悪に対抗する大きな運動の構築が、いま求められている」と語りました。
渦巻く怒りと「可能性」
後藤さんは、幅広い国民の強い不満や怒りの表れの一つとして最近のツイッターの投稿を引用しました。
「保育士で七年間働いてこの給料(控除合計三万三六八四円、現金支給一一万一九九六円)」「『奨学金借りてる』って言うと別に何も思わないけど、『二三歳で五三〇万の借金がある』って言うと途端にクールなサウンドになるな」「社長が怒って言いました。『給料分働け!』するとどういうことでしょう。全社員の動きが止まってしまったのです」など、日常生活の矛盾のツイートには数万、数千の規模の反応(リツイート)がありました。一方、安保法制に関わるツイートは多くてもそれらより一ケタ少ない反応です。
「運動の影響の範囲をはるかに超える広がりで疑問や怒り、要求があります」と、後藤さん。「『経済イシュー(雇用や税制、社会保障など)』の運動に若年層が大規模に参加する可能性を示しています」。
広がる貧困
日本政府が発表した相対的貧困率は一六・一%、人口では二〇四五万人です。後藤さんは、「生活保護基準以下の水準で暮らす人は二〇〇〇万人を超える」と推測しました。
また、民医連に関わりの深いデータとして、高齢者の貧困が増えていることも指摘。「高齢者のみ世帯」が増える中、二〇〇〇年から一五年間、年金額は減らされ続ける一方、消費支出は変わっていません(総務省「家計調査」より)。貯蓄額が一〇〇万円未満の高齢者世帯は二〇一三年で二四%に増えました。この二〇年間、貧困高齢者は割合で見れば増えていないのですが、高齢者人口の増加とともにその実数は増え続けている実態があることを後藤さんは強調しました。
受診・介護抑制と貧困
受診や介護サービスの利用抑制と貧困の関係が現れたデータも。図1は、介護サービスの利用と世帯収入の関係を示しています。その傾向は世帯の貯蓄額で見るとさらに顕著で、貯蓄の少ない世帯はサービス利用も抑制しています。
また後藤さんは、受診抑制の要因に窓口負担金の重さを指摘。国保七割減免、後期高齢九割、八・五割減免と、低収入で減免制度が適用されている世帯にとっては、保険料より窓口の負担金がはるかに重いというデータを示しました。
受診を控えた人にその理由を調査しても「一部負担金の支払いが難しい」との回答が一四・一%、「医療保険未加入」は二・七%でした(図2)。なお、この二つの経済的理由で受診しなかったのは六五歳以上人口の一・一%ですが、人数でみれば三四万人にも。「経済的な理由による受診回数減、検査や薬の抑制、治療中断などは、受診しなかった人の最大四倍の可能性」とのデータ(岩手保険医協会一二年)も紹介されました。後藤さんは、国保法四四条減免運動を本格的に行う必要と条件が大きくなっていると指摘しました。
子育て世代、若者の貧困
子ども二人の世帯では、公租公課や教育費を引くと年収四〇〇万円でも生活保護基準以下の生活になってしまうことを後藤さんは示しました。低所得世帯は大学に進学する余裕がありません。しかし、大学に行かなければ自活できる年収(二五〇万円以上)を得ることすら困難で、四年制大学への進学率は五割に。「大学進学を強制される構造がある」と後藤さん。
奨学金を運営する日本学生支援機構の調査では、四年制大学の就学費用は二〇一四年で一二〇万円。親からの仕送りは年一一九万円と一二年前より数十万円減っており、「仕送りゼロ」が七・五%もいます。奨学金を借りている学生は過半数に。国際的には支援機構の「奨学金」は「ローン」に区分されています。返済が滞り、強制取立訴訟の件数は〇四年の五八件から一二年には六一九三件と一〇〇倍以上に激増していることも紹介されました。
二五~二九歳の大卒で「非正規」の割合は男性一三・六%、女性二三・二%。「年収二五〇万円未満」は、男性二〇・六%、女性は三六・六%ですが、高卒では数値は倍以上に。
こうした背景から、若い世代の精神疾患が急増しています(図3)。
社保の総がかり運動へ
後藤さんは学生の多くが貧困を経験し、最賃の値上げや雇用改善を求める「エキタス」など若者の運動は、困窮に強い共感を持っていると分析しました。
新しい運動の特徴として、「普通の人」の違和感や怒りを表現することを重視し、また運動への参加のハードルを下げるため見せ方に大きな注意を払うとともに、新自由主義の風潮に強い抵抗意識を持っている点などを紹介。
この間の運動で、一部ですが勝ち取った前進も紹介されました。子ども医療費助成を行う自治体の増加もその一つです(上項)。
最後に後藤さんは「市民運動の担い手を民医連から大量に出し、地域での担い手を集めることが必要。今の市民運動から形式を学び多くの人を巻き込み、社会保障の総がかり運動をつくりあげてほしい」と期待を話しました。
子ども医療費助成
自治体数
2010年…通院17、入院17
↓(高校生まで)
2014年…通院201、入院
215
なお、中学生まででは
通院1134、入院1370
(民医連新聞 第1627号 2016年9月5日)