一橋大学名誉教授・渡辺治さんが分析 「2016年参院選挙は何を語っているか」 民医連理事会での講演から
参院選の結果をどう見て、憲法改悪を狙う安倍政権にどう対抗するか―。政治学が専門の渡辺治・一橋大学名誉教授が七月一五日に全日本民医連理事会で講演した概要を紹介します。渡辺さんは冒頭、報道各社が選挙結果につけたタイトルを引き、「今回の参院選の結果には『与党の勝利』と『野党共闘が力を発揮した』という両側面がある。今後、運動が何を目指すべきか考えよう」と切り出しました。
(文責・木下直子)
今回の選挙で安倍政権が狙ったのは「安保法制の信任と同法発動の体制づくり」と「解釈改憲の限界を突破するための明文改憲(正規手続きで憲法条文の字句を修正・削除・追加すること)」、そして「アベノミクス再建」でした。
自民党の勝利について
自民党は比例の得票率・得票数とも前進、過去四回の選挙で最高に。一四年衆院選の退潮を巻き返しました。勝因のひとつは、「仕方のない支持」と呼ぶべきものです。構造改革で破壊された地方経済はアベノミクス「第二の矢」の財政出動に依存し、期待するしかない状況。自民党の得票率が全国平均を上回ったのは人口減少地域が中心の三三県でした。大都市部の東京でも自民党は伸びましたが、これも大企業の正規労働者がアベノミクス第一、第三の矢に期待を寄せた結果です。
もう一つの要因は、安倍政治に代わる政治の受け皿が用意されなかったこと。市民と野党の共同という組織づくりまではすすんだのですが、安倍政治の二本柱の「軍事大国化」と「新自由主義的改革」に対抗する「平和と福祉」の構想を打ち立てるに至らなかった。
三つ目は、自民党が軍事大国化や改憲の狙いを争点から隠し「アベノミクスの是非を問う」としたこと。過去三回の選挙と同じ手口です(これは最後まで隠し通せませんでした)。
野党共闘の威力
自民党は票を増やしましたが、議席では前回の参院選(一三年)の六五議席に及ばず、大勝と言えませんでした。これは一人区の結果が影響しました。前回参院選では二九勝二敗(当時の一人区は三一)でしたが今回は二一勝一一敗。過去三回の国政選挙でも自民党の最大の勝因は小選挙区制効果だったのに、今回それが効かなかったのです。
自民党は比例の得票率を一人区のほぼすべてで伸ばし、公明党との合計で多くの地域で共闘四野党(民進、共産、社民、生活)の得票率合計を上回っています。それでも一一選挙区で負けたのは、野党の統一候補が無党派層の支持だけでなく、自民・公明、お維などの支持層まで取り込んだからです。野党共闘効果がいかに大きいかを示しています。
共闘の主軸となった政党には票が集まります。民進党は、二〇一〇年の参院選以来の退潮を脱し、比例で二〇・九八%の得票率に。民進党は、いまの方向をさらに強め、護憲と福祉の党に脱皮する以外、躍進の道はありません。今回も憲法を語らずにいたら、一〇議席台で止まっても不思議はなかったのです。
改憲勢力2/3だが…
改憲勢力が議席の三分の二を確保したことは重大な事態です。任期中の改憲を掲げた政権が選挙で勝つのは初めて。しかも秘密保護法や戦争法、国家安全保障会議などが整備され、外堀が埋まりました。また「改憲手続法」や「憲法審査会」など改憲を実行する制度も完成しています。
しかし、簡単に改憲ができない要素も。まず、最大野党の民進党が「安倍改憲阻止」で固まったこと。民主党は結成から一度も改憲に反対したことがありませんから、これは隠された成果です。改憲派が多数を形成する障壁になります。
公明党の得票率の後退にも注目です。ますます「平和の党」の看板が崩れ、支持者が離れています。
そして何より、国民が改憲に警戒を始めました。
選挙後の情勢
自公の勝利で安倍首相は改憲の意欲を高めています。早期に解散・総選挙に出ようとするでしょう。また野党共闘から民進党をひき剥がすための攻撃も強めるとみられます。改憲の機運をつくるため、さまざまな改憲論を繰り出しながら、中国や北朝鮮の脅威を口実に、本格的な改憲論も仕掛けてくるでしょう。
私たちのたたかいの柱が「平和と憲法」だけでは安倍政権は倒れません。国民の「仕方のない支持」を変えるにはアベノミクスに変わる福祉と平和の構想と、共同のたたかいが欠かせません。平和と福祉を語り、地域で共同をつくる民医連に大いに期待しています。
(民医連新聞 第1625号 2016年8月1日)