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民医連新聞

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自民党改憲草案徹底分析! 「戦争放棄」→「軍事」!? 「人権尊重」→「人権抑圧」!? 三重短期大学・三宅裕一郎教授に聞く

 安倍首相は、七月の参議院選挙後に憲法改正にとりくむと表明しています。憲法の条文を修正する「明文改憲」を口にした首相は安倍首相が初めて。その改憲の中身や、すすめれば日本がどうなるか、気がかりです。自民党の「改憲草案」の問題を、憲法学が専門の三宅裕一郎教授(三重短期大学)に聞きました。(聞き手・丸山聡子)

 毎年、最初の憲法の授業で学生に「憲法を守らなければならないのは誰?」と聞いていますが、「国民」という答えが圧倒的です。
 答えは九九条にあります。「天皇又は摂政および国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負う」。憲法を守らなければならないのは、国民ではなく国の権力を握る人たちです。憲法は権力者を縛り、国民の権利を保障するもの。これが「立憲主義」の本質です。
 では、自民党の改憲草案の本質は何か。「全て国民は、この憲法を尊重しなければならない」とした一〇二条に端的に現れています。憲法を守るべき人を「権力を握る人」から「国民」へ一八〇度変え、根本原則である「立憲主義」をひっくり返すものです。

権利保障→義務強化

 自民党の改憲草案を見てみましょう(資料)。
 九条単独で構成している第二章の「戦争の放棄」の名称を消して、「安全保障」と変え、「自衛権の発動を妨げるものではない」と規定。「国防軍」の項を追加。「戦争の放棄」の章が「軍事」に関する章にすり替えられています。
 基本的人権を定めた一二条は、「自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚し、常に公益及び公の秩序に反してはならない」に書き換え。さらに一三条の幸福追求権は「公益及び公の秩序に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大限に尊重されなければならない」に変わっています。「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由」(二一条)も、「公益及び公の秩序に反する場合」は認めません。
 今の憲法は、誰もが「基本的人権」を持つ個人として等しく尊重され、人権を制限するのはその人権と衝突する別の個人の人権しかない、という考えです。しかし自民党案は個人の人権より「公益、公の秩序」を高く位置づけ、人権を制限できると考えています。
「公益及び公の秩序」を判断するのは国、つまり「権力を握る人」。時の政権に反対するデモをすれば、「公益及び公の秩序に反する」と制限されておかしくありません。
 自民党案は生存権にかかわる重大な改正もねらっています。家族と婚姻について定めた二四条の冒頭に「家族は、互いに助け合わなければならない」と追加(資料)。家族の助け合いを「義務」とし、生存権を保障する国の責任(二五条二項)を骨抜きにしています。
 世の中には様々な考えの人がいますが、憲法はどちらの価値が高いかの判断をしません。憲法がめざすのは価値の多元性を保障する社会です。一方、自民党案がめざすのは、国が決めた「公益、公の秩序」の範囲でしか人権を認めず、そこに閉じ込める社会です。

資料
1619_03

資料

武力攻撃事態等及び存立危機事態に協力を要請される指定公共機関

内閣総理大臣公示(2016年4月1日)

【電気事業者】東京電力(株)など12事業者【ガス事業者】大阪ガス(株)など4事業者【運送事業者】▼国内旅客船事業者 商船三井フェリー(株)など9事業者、▼バス事業者 ジェイアール九州バス(株)など26事業者▼トラック事業者 佐川急便(株)など5事業者▼航空事業者 日本航空(株)など8事業者▼鉄道事業者 九州旅客鉄道(株)など19事業者▼内航海運業者 井本商運(株)など5事業者【電気通信事業者】(株)NTTドコモなど4事業者【放送事業者】(株)TBSテレビなど20事業者

国民を「戦争」に協力させる

 安倍首相は、憲法に「緊急事態条項」が必要だと主張していますね。自民党案では「緊急事態」という章を新設しています。その内容は、「権力によって憲法をいったん停止する」という劇薬的なものです。緊急事態として、「大規模災害、外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱」を並べています。内閣が発する「政令」は、本来国会が制定する「法律」と同じ効力を持つことになり、さらに首相は財政措置や自治体の長への指示も可能。国民も指示に従わなければなりません。
 自国に攻撃があった場合を想定した「武力攻撃事態」では、民間企業である「指定公共機関」が動員されることになっていますが()、これは、集団的自衛権発動の前提である「存立危機事態」でも「切れ目なく」動員されることが想定されます。医療、放送、道路、電気、通信など日常生活に密接な分野で、 軍事優先で協力するよう要請されます。近年は「戦争の民間委託」がすすみ、民間人の犠牲者も出ています。日本もイラク戦争での輸送活動の九九%を民間にさせていました。
 昨年九月に強行された安保関連法は集団的自衛権の行使に道を開きました。自衛隊の活動エリアは広がりましたが、政府の公式見解は「現に戦闘行為をしている場所は除外」とせざるを得ません。「軍事というオプションを持たない」九条があるからです。
 ですから安倍首相は、九条を変えて、いつでもどこでも武力攻撃を可能にし、そのために国民を協力させる権利制限の仕組みを盛り込んだ憲法に変えたいのです。

【安倍首相はこんな改憲発言をしている】
「改憲を考えている、未来に向かって責任感の強い人たちと3分の2を構成していきたい」(1月10日、NHK党首インタビュー)
「当然、来るべき選挙でも政権構想の中で憲法改正を示す」(1月12日、衆院予算委)
「いよいよどの条項を改正すべきかという現実的な段階に移ってきた」(1月21日、国会答弁)
「(改憲について)逃げることなく堂々と答えを出していく」(同22日、施政方針演説)
「(戦力の不保持を宣言した9条2項について)7割の憲法学者が自衛隊について憲法違反の疑いを持っている状況をなくすべきではないか、という考え方もある」(2月3日、衆院予算委)
「(憲法改正について)私の在任中(2018年9月まで)に成し遂げたい」「自民党は立党当初から党是として憲法改正を掲げており、私は党の総裁だ。先の衆院選でも訴えているわけであり、それを目指していく」(3月2日、参院予算委)

平和的生存権という考え方

 安倍首相はよく「憲法は古い」「アメリカから押しつけられた憲法だ」と言います。日本国憲法は確かに特殊な状況で成立しました。しかし、憲法が七〇年間変えられなかったのは圧倒的な国民の支持があったからです。軍事のオプションを持たず、非武装を貫いている点は世界でも先駆的です。
 また、平和を脅かすものとして貧困に着目し、平和に生きる権利を人権として規定した点も先駆的です。九条と二五条は、ともに人間が人間らしく生きる基盤です。
 日本国憲法がめざす社会は、「戦争をしない」状態に加え、差別や貧困など構造的暴力のない「平和」な社会です。私たちは、自民党が改憲草案で描くような権利抑制の“暗闇の社会”ではなく、憲法がめざす平和な社会の実現をめざして行動したいと思います。


意見表明を押さえつける動きは危ない

 「『戦争反対』のバッジをつけて国会議員会館に入ろうとしたら、バッジを外せと警備員が指示」「貸し会議室で戦争法の学習会で看板の変更を求められた」「喫茶店で持っていたプラカードを隠すよう店主に言われた」―。最近、こんな声をよく聞きます。
 三宅先生も自身の活動や発言を問題視される経験をしました。三重短期大学は津市立で、教員は市の公務員。昨年、「安全保障関連法案」に反対する三重短期大学有志の会の呼びかけ人となり、様々な集会での活動や発言が津市議会で問題とされました。
 「憲法が危機にさらされ、大多数の憲法学者が声を挙げているとき、憲法学者として『日本国憲法を守れ』ということが、なぜ政治的だと批判されるのでしょう。『平和を守ろう』『憲法を守ろう』は政治の問題ではありません。私には、憲法の研究者としての立ち位置が問われる問題です」と三宅先生。
 そのうえで、「政治が憲法を規定するのではなく、憲法が政治を規定するのです。『中立』の言葉で特定の言論を規制する動きや、意見の表明を“自粛”する空気に危機感があります。規制の根拠を明らかにし、不当なことにはきちんと抗議する、ひとりではなく、つながり合うことが大事」と語っています。

(民医連新聞 第1619号 2016年5月2日)