社会と健康 その関係に目をこらす(1) 「お金なく受診できず」 63人が手遅れ死亡 2015年 経済的事由による手遅れ死亡事例調査
今月から社会と健康の関係を考えるシリーズを始めます。貧困や格差は健康にも影響します。それを端的に示すのが、全日本民医連が加盟事業所の協力で毎年行っている「経済的事由による手遅れ死亡事例調査」です。高い保険料が払えず無保険状態になったり、窓口負担の支払いがネックで受診が遅れ、死亡に至った事例は二〇一五年一年で六三例でした。三月二二日に二〇一五年調査の概要報告を行いました。(田口大喜記者)
調査は、二〇一五年一年間の民医連事業所の患者・利用者で、(1)国保税(料)、その他保険料滞納のため無保険、もしくは資格証明書・短期保険証発行により病状悪化し死亡に至ったと考えられる事例、(2)正規保険証はあったが、経済的事由で受診が遅れ死亡に至ったと考えられる事例について、提出された調査票を分析しました。
■調査開始から死亡509人
〇五年からこれまで、報告された死亡事例は通算五〇九件に。最多だった二〇一〇年の七一件以来、一三年(五六件)、一四年(五六件)、今回、一五年は三二都道府県連から六三件が報告されました(別項)。
岸本啓介事務局長は冒頭、「全国の民医連事業所にかかる患者は日本全体の二%に過ぎない」と語り、六三件が氷山の一角で、全国には同様の手遅れ死亡が多数潜在していることを指摘しました。加えて「早く病院にかかっていれば救えた。調査報告が一人でも多く救うことにつながれば」と訴えました。
都道府県連別事例数
北海道(5)、青森(1)、岩手(1)、秋田(3)、山形(1)、埼玉(2)、山梨(2)、長野(1)、千葉(1)、東京(8)、神奈川(1)、石川(1)、福井(1)、愛知(1)、三重(4)、滋賀(2)、京都(2)、大阪(2)、兵庫(1)、鳥取(1)、岡山(1)、広島(1)、山口(1)、徳島(1)、愛媛(2)、高知(1)、福岡・佐賀(7)、長崎(1)、熊本(1)、宮崎(1)、鹿児島(1)、沖縄(4)
■全世代の困難が現れた
山本淑子事務局次長が概要報告。死因の六割が悪性新生物(がん)でした(図1)。男性が七一%(四五件)と圧倒的に多く、六五歳未満の稼働年齢が過半数でした。五〇代は、昨年の一六%から増えて二七%(一七件)です。
世帯構成は、独居が三六%(二三件)、複数世帯が六四%(図2)。さらに注目されたのは、持ち家で家族と同居中の事例が一五件あったこと。格差と貧困があらゆる世代に広がり、家族間でささえあうことが困難な状況の広がりを示しています。
例えば、心肺停止で搬送された四〇代女性の例では、本人含め家族五人全員が無保険でした。世帯収入は両親の年金と兄の就労収入に頼っており、国保料が支払えず、更新できていませんでした。
相談時に無保険だった人が三五%(二二件)、国保資格書九%(六件)、短期証九%(六件)でした。その理由は「経済的に困窮し保険料を払えず」が七五%(二七件)、「退職後、保険を切り替えていなかった」が一一%(四件)。単に手続きの不備ではなく、国保料が高く足が止まっていた例が大半です(図3)。退職後、無保険のまま再就職先を探している最中に倒れた事例もありました。
雇用状態は、六五歳未満の稼働年齢(三五人)に絞ると、無職が五一%、非正規二九%と続き、正規雇用は一件でした(図4)。
非正規の事例では、五〇代の男性(派遣)が、緊急に治療が必要だったにもかかわらず、収入が安定せず「仕事を休めない」と来院もできず自宅で死亡しています。
また子どもを抱え「休むとお金が減る」と体調不良の中、仕事を続けた結果、がんが進行し亡くなった事例も(五○代・男性)。
全日本民医連理事の田村昭彦医師は「働き方は正規雇用そのものだが、企業が社会保険料の支払い逃れに非正規雇用にしているのが問題」と、指摘しました。
自治体の対応が問われる事例も。母親を介護していた七〇代男性は、がんで入院に。月一〇万円のアルバイト収入では年金や保険料を支払えず、無保険、無年金でした。SWを介して自治体に連絡しても、「滞納は本人の責任」と、相談に応じませんでした。後日、生活保護の申請はできましたが、転院先の病院で死亡しました。
■政府は改善の責任がある
政府は「社会保障・税一体改革」を打ち出し「社会保障拡充」を理由に消費税増税を強行しました。ですが増税分で社会保障費に回したのは一六%だけ。しかも年金、医療、介護など社会保障のあらゆる分野の予算は削減に。
また、団塊世代が後期高齢者になる二〇二五年に向け、都道府県に地域医療計画を作らせ、病床削減で医療費抑制をはかる動きも。公的責任のはずの社会保障を理念ごと解体しようとしています。
調査結果の結びに提言したのは次の六点です。(1)憲法二五条に基づく権利としての社会保障の実現、(2)国民皆保険を守る、(3)地域に必要な医療・介護・福祉の体制の拡充、(4)誰もが払える国保料、窓口負担の軽減、(5)社会保障財源を消費税に頼らず大企業や富裕層の応分の負担で、(6)生活保護の抜本改善、最低賃金引き上げと雇用劣化の規制、住宅や教育、年金保障の充実、自治体職員の体制確保と相談窓口の充実。
田村医師は「調査は死亡事例のみ。『もっと早く治療すれば、ここまで悪化しなかった』という患者さんはこの何十倍にもなるはず。『どう生きるか? 病気にかかった時どう治療するか?』はすべての人が持つ権利」と、憲法二五条二項※も示し強調しました。
【二五条二項】国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない
調査概要
2015年1月1日~12月31日
全国646事業所が対象
報告県連:32
性別:男45人、女18人
年齢:30代~80代 うち70歳未満は73%
使った制度:多い順に生保38%、国保22%、無料低額診療事業21%
(民医連新聞 第1618号 2016年4月18日)