2016新春対談 民主主義は新しい段階に社会保障の国民的運動を
今年の会長対談は、吉岡モモ医師(愛知・名南病院)と。二〇一五年をふりかえりながら、二〇一六年を語り合いました。
(木下直子記者)
吉岡モモさん
愛知・名南病院、小児科医2008年卒、全日本民医連医学生委員
藤末衛会長
兵庫・神戸健康共和会理事長内科医、1984年卒。2010年から現職
◆戦争法は通ったが、民主主義は止まらない◆
藤末:先生は二〇一五年で印象に残ったことは何でしたか?
モモ:戦争法です。職場の仲間のレスポンスも良かったし、法人にある二つの病院間を歩くデモにも初挑戦しました。強行採決には「これだけ反対しても通すの?」と、がっかりした一方「まだまだこれから!」と闘志も湧いています。
藤末:法律は通されたが民主主義は深まった―。終わった感はないですよね。
採決前夜、私は医療班で国会前に居ました。国会の中まで届いた抗議の声は野党議員を奮起させました。強行採決後も市民が野党に安倍政権と対決する共闘を求め、政党がそれに動かされる、かつてない状況です。共産党が「国民連合政府」を提案して選挙協力を呼びかけたのもそうした流れです。
SEALDsや戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会など五団体は、夏の参院選に向け安保法制廃止と立憲主義の回復を求める「市民連合」も結成。これはもう止まらない動きです。
モモ:「子どもが戦争に行くかもしれない」と多くの人が危機感を持ったことも大きかったですね。
藤末:そうしたリアルな危機感と「立憲主義」の浸透が状況を変えていった。春先の国会では社会保障大改悪・医療関連法があっさり通され「次の戦争法案も、これではまずい」と思ったのですが。
モモ:初参加の人もいました。
藤末:個人が自ら動いたのが特徴でしたね。かつての安保闘争では労組や団体など組織の旗振りで人々が動員され、組織間の方向性の違いから持続的な共闘は難しかったそうです。いまは抗議やデモに一人で行き、初めて会う人たちと一緒にコールする。互いがどんな人で自分とどう違うかは大した問題ではない。
日本の民主主義が新しい段階に入ったと言えます。三・一一後の脱原発運動もベースにあるでしょう。沖縄のように一人一人の意志が集まり、政権が強制する新基地建設に県民丸ごとの民意で抵抗する地域も生まれました。四月には福井地方裁判所が「人格権」を根拠に、高浜原発の再稼働を差し止める仮処分を出しました。市民の運動抜きにはなかった判断です。
モモ:以前と何が違うのでしょう?
藤末:日本国憲法が根付いたということだと思います。先の安保闘争は五〇年以上前で、憲法制定から日が浅かったでしょう。一九六三年の民医連綱領決定当時を知る肥田舜太郎医師は、「戦後すぐはGHQという憲法より上の司令塔があり、憲法の重要性の認識が弱かった」と振り返っていました。
モモ:そうなんですね。一人一人が「民主主義」を深め始めた今、運動を呼びかける側も姿勢が問われますね。集会をして何人来たか気にするという形ではもはや…。
藤末:活動する若者たちはこれまでの先輩たちの努力を認め、感謝する意識もあるようです。ある学生はこんなスピーチをしました。
おじいさんやおばあさんが暑い中わざわざ外に出て、震える声で拳を突き上げて戦争反対を叫んでいる姿を見ました。この七〇年、日本が戦争をせずに済んだのは、こういう大人たちがいたからです。ずっとこうやって闘ってきた人たちがいたからです。そして、戦争の悲惨さを知っているあの人たちが、ずっと声を上げつづけてきたのは紛れもなく私の、私たちのためでした。(SEALDs KANSAIが七月に行った街頭宣伝で)
翻って民医連の幹部も、若い仲間が「今までがんばってくれてありがとう、引き継ぎたい」と思えるような姿勢を見せたいものです。
◆戦後70年 民医連の姿勢
藤末:「姿勢」といえば、民医連は夏に戦後七〇年の「特別決議」を出しました。私もかなりこだわりました。戦後五〇年にあたり日本政府はアジアの人々に対する加害を謝罪し不戦の決意をのべる「村山談話」を発表しましたが、その後政府の姿勢はぶれ、侵略も認めない安倍首相が談話を出すことになりました。また戦争を体験した世代も一握りになり、しかも被害の記憶は深く刻まれたが、加害の記憶は薄い。これではアジアの国々と仲良くやっていけません。
モモ:戦争で日本の医療者が犯した罪を謝罪する内容ですね。
藤末:民医連の結成は戦後なので「謝る必要があるのか」という意見も出ました。「私たちに罪はないが責任はある―」これはドイツの中学生がナチスの犯罪と戦争の歴史を学習した際の感想ですが、私たちにも欠かせない姿勢です。
たとえば民医連は旧日本軍が中国に遺棄した毒ガス兵器の被害者を支援しています。被害者の検診に中国に行った際、民医連の医師たちは何の目的で検診するのか聞かれたそうです。医学的な興味や研究のためなのかと問われたのです。臨床倫理にも通じますが、根本は抜かせない。ドイツと違って、日本の医学界はいまだに戦争犯罪の検証と謝罪はできていません。
モモ:私の地域には戦時中、朝鮮の少女たちを強制労働させた航空機工場がありました。彼女らは四四年の東南海地震の犠牲にもなり、名南ふれあい病院の敷地に鎮魂の碑があり「事実を伝え、平和の架け橋を」と韓国の高校生を招き両国で交流を始めています。
藤末:兵庫民医連草分けの診療所も在日の人が多く住む地域でした。在日のお年寄りに一番苦しかったことを聞くと、「それは終戦後だよ」と語りました。戦中の強制労働も辛かったが、身分は日本国民だった。ところが、戦争が終わると日本政府は「日本人でなくなったから、権利保障しなくていい」として、未権利状態で放置したのです。歴史を身近に学べる機会を大事にしたいですね。
モモ:加害の歴史も含め私たち民間で交流することが重要ですね。
◆2016年、「社会保障の総がかり行動」◆
モモ:では、話題を新年に。会長は最近「社会保障の総がかり行動」を提唱されていますよね。
藤末:昨年は戦争法と並行し社会保障も大改悪されました。ですが運動は戦争法に比べ弱かった。今年は社会保障も大問題にしたい。
モモ:職場でも平和の問題に比べて社会保障は理解が難しいです。困難事例も「本人がだらしない」と見がちです。貧困世帯の子どもを診ていると貧困と個人の問題の悪循環を実感するのですが。
藤末:医師と患者さんの関わりは、患者さんをありのままにみて、肯定することなしに始まりません。しかし、病状を自己責任とみる傾向は、日本の社会保障制度が欧州のように組み立てられてこなかった影響もあるでしょう。
一昨年、絶版になっていて新たに日本語訳がされた『ベヴァリッジ報告』を読みました。イギリスの社会学者・ベヴァリッジが政府に依頼されまとめたもので、「ゆりかごから墓場まで」といわれる同国の戦後の社会保障政策となり、世界にも影響を与えました。驚いたことに、報告のための膨大な社会調査はナチスがロンドンを空襲するさなかに行われていました。考察の結果、一番弱いと指摘されたのが医療分野で、それが後に同国の誇るNHS(国民保険サービス)に結実します。
イギリスの新たな社会保障制度は戦後の復興の「旗印」となったのです。同報告は、ファシズムに抵抗し地下活動していたフランスの政治家たちも読んだそうです。
日本では、憲法二五条ができてから国民皆保険制度の整備まで一五、六年かかりました。国内初の社会保障制度は明治初期にできた軍人向け年金、その後が官製大企業の労働者の医療保険でした。言うなれば社会の上層部分から整備された社会保障でした。社会に必然的に生まれる貧困をいかに解決するかという視点ではなかったのです。生活保護を受給する少なくない患者さんが「役所の世話になっている」と言ったり、政府が「社会保障は自助・自立が基本」というのも根は同じかもしれません。
モモ:社会保障は権利なのに! 私が診ている障害児の世帯も、遠慮がちに制度を使っています。
藤末:社会保障制度は弱い人だけでなく、全ての国民のものです。職探し中の人がいて、ブラックな仕事しかない場合、「こんなに悪条件なら、働かず生活保護を使う」という選択肢があればどうでしょう? 仕方なく悪い仕事につく人は減り、劣悪な条件の仕事自体が存在しにくくなる、生活保護制度が労働者全体の労働条件の水準を守ることになります。日本では想像できませんが、家族手当が充実したフランスでは、三人産むと働くよりも所得が増えます。
障害者や母子家庭、生活保護、年金など、課題ごとで奮闘する個々の運動の力を集め「社会保障は九九%の人の課題だ」という運動を目指したい。いま困っている人だけの運動にしない、戦争法反対の運動に学んで、「社会保障総がかり行動」を呼びかけたい。
モモ:なるほど。
藤末:日本には平和と社会保障を結びつけてたたかう伝統があります。「社会保障と戦争政策は相容れない」、憲法九条と二五条を両輪に行動すれば、幅広く素晴らしい活動になるでしょう。
◆「人間的発達ができる組織」
モモ:時代が求めている事を考えるほど、後継者育成や職場づくりはますます大切ですね。また、医師分野でも新専門医制度の開始で、「養成」をこれまで以上に意識することになりました。
藤末:民医連は二年前の総会で、「人間的発達ができる組織に」と呼びかけました。四二回定期総会が三月に控えていますが、新しい期ではそのことをどう実現していくか―を考えたいと思います。
政府は「国家に貢献する個人」を求めていますが、民医連は「組織と職員の目的、やりがいを一致させたい」のです。医学生、研修医の皆さんには、専門医認定を最終目的にせず、「何のために、誰のために、どういうチームで仕事をするのか」を共に考え、ぜひ民医連に参加してほしいと思います。
財務省の社会保障制度改悪案から
◆「かかりつけ医」以外での受診に定額の上乗せ負担
◆高額療養費制度の高齢者特例の縮小
◆市販品類似薬の保険給付外し
◆介護保険の利用者負担を原則1割から2割に引き上げ
◆介護保険軽度者の生活援助や福祉用具貸与を自己負担化
◆介護保険で40~64歳は給与水準に応じた保険料負担
◆年金の支給開始年齢の引き上げ
◆能力に応じた就労をしない生活保護利用者の保護費減額
(民医連新聞 第1611号 2016年1月4日)