救急は「社会の窓」 流されず人間みつめたい 北海道勤医協中央病院
社会保障制度の改悪や雇用破壊で貧困が拡大しています。それに伴い、増えているのが受診をがまんして重症化したり、複合的な問題を抱えた、いわゆる困難な患者さん。一方、そうした人を受ける医療現場も病床回転率や高度化・複雑化する業務に追われています。多忙になればなるほど、問われるのが患者さんに向ける視点です。「『流れ作業』にはしたくない」「救急は社会の窓」。北海道・勤医協中央病院でこんな言葉を聞きました。新築・移転を機に「断らない救急医療」にとりくむ同院のERを取材しました。
勤医協中央病院(四五〇床、札幌市東区)は急性期医療が中心の病院です。二〇一三年に新築・移転した際「がん・専門医療」「地域連携」とともに「救急医療」の充実を掲げ実践中です。旧病院時代の三〇〇〇件余(一二年度)から一四年度は約七四〇〇件、今年度は八〇〇〇件に迫っています。救急車受け入れ数は道内二位に。
「断らない救急」で
救急センターの電話は午前中から頻繁に鳴っていました。情報を聞きとりながらホワイトボードに目をやり、病床の空きを確認するスタッフ。「午前中の搬送はまだ少ない方。他院の外来が閉まる一七時以降がうちのピーク」と、科長の田口大医師が前日の日報を示しました。一七時半から約一時間半で七件の搬送を受けていました。
札幌市全体の救急搬送は年々増加、移送先が決まらず救急車がその場で待機する時間も延長傾向です。最近は数十キロ離れた市外からも同院に搬送されてきます。
路上生活者、深い褥瘡のできた高齢者、ゴミ屋敷の住人、看取りの段階で救急車を呼び、初めて医療につながる人…。「医療の発達した国でなぜこんな状態に?」「同じような人は他にも居るだろう」と、スタッフ間で話しています。
また、救急受け入れの伸びを大きく上回って伸びているのが自殺未遂の数です。月平均二〇件、旧病院時代の年間受け入れ数に匹敵し、単純計算で一二倍。若年層だけでなく四〇代以上の主婦も目立ちます。「断らない救急」を始めて見えた地域の姿でした。
「救急医療は『社会の窓』」と、田口医師。以前勤めていた病院で先輩に教わった言葉だそう。「病状が急ぐものかどうかの判断が済めば、次に目を向けるべきは生活や家族関係。救急だけで解決しない問題を、どう外の機関とつながって解決するかを意識しています。ケアマネや他院、外部への連絡は増え、PHSの充電は一日もちません。サポートの足りない人たちを診て、地道な医療を大事にできる、恵まれた病院に居るんだ、と思います」。
やりがい、どうつかむ?
「『患者さんはどこから来たか』を意識するようになりました」と丸山春美師長(ER/HCU)は語ります。「救急は意識しないと『流れ作業』で終わる部署。人を育てるのも、やりがいをつかむのも容易ではありません。踏みとどまって振り返る時間を持ちたい」。月一回のチーム会議が、気になったことを共有する場です。
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困難を抱えた患者さんが来ると、ERにとんでいって支援の検討を始めるのが、院内に二人いる退院支援看護師長です。そのうちの一人が岩岡有希子さん。
支援を始めると、主訴の背後にあった問題が次々出ます。低栄養・脱水、褥瘡で運ばれてきた高齢者は息子一家と同居し、最初はネグレクトかと思われましたが、障害児を複数抱え、世帯全体が困窮していたと後に分かりました。「認知症で暴言がひどい父を殺してしまいそう」と家族が助けを求めてきたのは、原発事故の被害者でした。事故で一家が離散、患者と息子は生活のため福島に留まりましたが男所帯の食生活で糖尿病が悪化、その治療で入院し認知症を発症、孫や妻が避難する札幌に身を寄せたのです。
患者さんがその後どうなったかを岩岡さんは関わった看護師たちに伝えています。「自分たちが患者さんに何ができたか知ることは、高速回転する病棟ですりきれないために大事」。医療という仕事が、一人の人生をささえるものであることの確認作業でもあります。
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北海道民医連の看護集団では、ここ数年「健康権」の学習に力を入れてきました。病気は患者の自己責任でなく、SDH(健康の社会的決定要因)で視ることを、事例とも照らし、確認してきました。
「民医連には以前から『患者を生活と労働の現場でみよう』という言葉があります。私たちが大事にしてきた視点はSDHそのものですが」と、法人の加地尋美看護部長。「かつて平均在院日数は四〇日という頃もあり、ケアを通じ患者さんの背景を知る時間がありました。いまは一〇日を切っている。そんなスピードの現場で、患者さんを見る時、どこに立ち返ればいいかを示してくれるのが健康権・SDHの視点です」。
(木下直子記者)
(民医連新聞 第1611号 2016年1月4日)