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民医連新聞

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里子・里親 文・朝比奈 土平 (13)アキラに弟!?

 九月一八日。アキラとかあちゃんとソウルフラワーユニオンを観た。「平和に生きる権利」の大きなリズムで手をつないで踊った。一九日早朝、参議院議員の方のアキラ(小池晃・日本共産党副委員長)の怒りの反対討論を聴いた後に、寝室で可愛い方のアキラの寝顔を見たが、涙なんか一滴も溢れなかった。
 子どもの権利ノートには日本国憲法も入っている。九八条にはこの憲法の趣旨に反するあらゆる法律は無効だ、と書いてある。「いうこときかせる番だ俺たちが」というコールが憲法クンの声だとよく分かる。
 その日の夕方、市内の公園に数百人がつどい、辺野古新基地建設と戦争法に反対の声をあげた。デモの後、FYM(fukuoka youth movement)の街頭宣伝が行われた。八月末に国会正門前でその一人になった場と同じ熱さを持っていた。
 九月の初めに児童相談所から電話が入った。「一歳の男の子の養育をお願いできないか」という。養育里親の場合、最善は近い将来に実親が迎えにくること。最悪は「実親が所在不明になること」だそうだ。
 実親のもとに帰る日を想像して、良かったという思いと寂しい気持ちのイメージで眼鏡が曇った。
 その日から毎日アキラの意思を確かめた。「ちゃんとアックンにもおもちゃかってよ」とか「ねるときはどうやってねようか」とか四歳なりに楽しみにしていた。
 二〇日に乳児院でB君に会った。グループ生活しているということで、僕ら三人はグループ全員と時間を過ごすという形だった。たくさんの一歳児に恐れをなしたのか、アキラは集団面会の後半は、プイと部屋を出て、庭で一人遊んでいた。帰りの車の中で「どうしたん。あんまり遊ばんやったね」と聞くと「Bくんはきょう、とおちゃんとかあちゃんとアックンといっしょに帰るんやないと?」と口を尖らせた。
 もう一人、という想いはずっとあったが、育児ストレスもそれなりに経験したので、不安も多い。
 せめて戦争法を一日でも早く廃止にさせないと。「平和に生きる権利」を七〇年ずっと取り戻そうとふんばってきたウチナンチュのような強いスクラムで、戦争屋を打ち倒さないと。

(民医連新聞 第1605号 2015年10月5日)