10月スタート 看護師の特定行為に関わる研修制度 どうなる? ねらいは?
一〇月から「看護師の特定行為に係わる研修制度」が始まります。これまで医師にしか許されなかった医行為のうち三八項目が看護師にも可能になるというものです。問題は? とある病院での会話から、みていきましょう。
〈夕暮れ時。研修医と新人看護師が夏祭りの出演依頼で院長室に行くと…〉
研修医と新人看護師:あ、院長と看護部長。お二人も夏祭りの打ち合わせですか?
院長:僕らは「看護師の特定行為」の話をしていたんだよ。
研修医:は…それは…どうも。
新人看護師:先生、分かってない顔してない? 今年一〇月から始まる制度です。医師が行う医行為を「診療の補助」として、看護師もできるようになるそうです。
研修医:うちでもやるんですか?
院長:うーん。課題も多くてさ。ねえ、看護部長。
看護部長:発端は二〇一〇年ごろ。厚生労働省のチーム医療に関する検討会報告が出たのよ。ところが看護師については「実施可能な行為の拡大」に議論が集中。現場の実態調査に基づいて、二〇〇以上の医行為が検討され、昨年成立した医療介護総合確保法で制度創設が決まった。それで保助看法も一部改正されたのだけれど。
院長:内容は(1)三八項目の特定行為および特定行為区分を決めた(2)研修を修了した看護師に特定行為を行わせるための指示である「手順書」の記載事項を定めた(3)特定行為研修の時間数と指定研修施設の要件等を定めた、という三点だ。
三八項目中には、直接動脈穿刺による採血や橈骨動脈ラインの確保、胃瘻チューブの交換なんかも入っているよ、ほら(下表)。
忙しい医師は助かる?
うーん、そう単純じゃないわね
研修医:看護師さんが血液ガス分析をするんですか。僕なんか、やっと鼠径動脈でとれるようになりました。忙しい病棟医長などは看護師さんに頼めれば助かるかも。
看護部長:だめだめ。話はそう単純じゃないのよ。まず「包括的指示」と「具体的指示」とがあるの。
包括的指示は、動脈血直接穿刺による採血を例にすると「『手順書』にもとづいて、患者の呼吸状態などの身体所見と経皮的動脈血酸素飽和度の検査値などが、医師に指示された病状の範囲であることを確認し、動脈穿刺による採血を実施。採取後、圧迫止血を行うように指示」するというもの。たとえば、患者さんの酸素飽和度が九〇%を切ったら、看護師が判断して動脈採血を実施することになる。「手順書」は各事業所で作るのよ。包括的指示を受ける看護師は、厚労省の研修を修了した人に限定されるのだけれど。
新人看護師:ホッ。皆がやるわけでないのですね。でも…研修を受けた看護師がいいタイミングに病院に居て、その患者さんを担当しているとは限らないですよね。
看護部長:居ない場合は判断も実施も医師がすることになるわね。でも、ホッとはしていられない。「具体的指示」があるから。たとえば酸素飽和度が下がった患者さんが居て、血液ガス分析が必要だと医師が判断し、看護師に直接動脈血採血を指示する。それが「具体的指示」で、指示された看護師がやることになるの。その場合の看護師には研修を修了したかどうかは問われないのよ。
新人看護師:ええっ。私にも指示が出る可能性があるんですか?
看護部長:ありうるわね。具体的指示に基づく指示の場合、法律には何も書かれていないから。
研修医:じゃ、医師の具体的指示なら、この三八項目はどんな看護師がしても良いと解釈できるんですか?
「一〇時に心嚢ドレーン抜いておいてね、出血したら縫合を。抜く時に引っかかるようなら医師を呼んでよ」と僕が指示すれば、新人看護師でもやれると…。
院長:そうなんだ。さらにこの三八項目以外の行為をどう考えるかも課題なんだよ。項目は今後、増やされる可能性がある。たとえば今回特定行為から外れている気管内挿管。これは当初入っていたが麻酔医学会の反対で外された行為だが、厚労省は「早期に追加したい」と言っている。
看護部長:在宅はもっと複雑よ。訪問看護は、民医連外の病院や開業している医師の訪問看護指示もあるでしょう。そうした医師から特定行為の指示が出される可能性が高いのよ。
たとえば包括的指示のもと、看護師が脱水と判断したら、点滴をすることも可能になる。「下痢をしているから低カリウムだろう。カリウム入りの点滴を一〇〇〇ml投与」といった具合に。「包括的指示のもと」という名で、診断まで看護師が行い、実施するなら、患者に何かあった時の責任は誰がとるのか、その行為はチェックを受けるのか、問題だわ。
院長:責任は、指示を出した医師と事業所、実施した看護師にかかってくると思うけど。実際、在宅では、看護師の判断が的確なことも多いし、「点滴に来てくれ」と言われても医師は、過密な業務の中で難しい現実もあるけどね。研修制度はどうなの? 看護部長。
看護部長:臨床病態生理学、臨床推論、フィジカルアセスメント、臨床薬理学、医療安全や倫理などの共通項目三一五時間と、特定行為区分ごとに約一八~七二時間の講習や実習があります。研修施設は八月三日現在、一四カ所。研修の申し込みも始まったわ。厚労省が定める要件を満たすのは、大学病院くらい。国の法律に基づく制度なので、研修を修了した看護師は厚労省でリスト化されます。
新人看護師:研修には何カ月も現場を離れる必要があるんですか。「最近、また忙しくなった」って先輩たち、嘆いています。入退院が激しく、患者さんの病状把握さえ大変なのに。しかも、研修を受けた看護師が居ることで、どれだけ患者さんのためになり、先生たちの助けになるのか、私の病棟で想像してみても分からない。何人くらい研修するんですか?
看護部長:厚労省は二〇二五年までに二桁万人をめざしているそうよ。今の看護師の一〇人に一人ぐらいかしら。
ねらいは「安あがりな医療」?
現場の実態、点検しよう
研修医:そこまでして養成する政府のねらいは何だろう。本当にチーム医療の向上のためかな?
院長:裏には医師がする行為を少しでも看護師にさせて、医師を増やさない、安上がりな医療を目指すという狙いがありそうだよ。
実際、厚労省は制度創設の目的に「在宅医療の推進には、個別に熟練した看護師では足りない。医師や歯科医師の判断を待たずに手順書で一定の診療の補助を行う看護師を養成・確保する必要がある」と、はっきり言っているんだ。
看護部長:今回の法改正では、看護師以外の職種の業務も拡大されましたよね。看護師がしていた行為を他職種にさせる。二〇一二年度から介護職が吸痰処置をできるようになったこととも、路線は同じかもしれないわね。
院長:はっきりいって、医療の営利化をさらにすすめ、医療費削減をするという政府の新自由主義改革の施策の一つだと思う。
研修医:医療を充実させるために働くはずの厚労省が「医療費削減」と言ったり、経済産業省が「医療を目玉産業にする」としている路線とリンクしているわけですね。
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研修医:ところでこの三八項目、ざっと見たら、うちの病院で看護師さんがしている行為もありますよね。この前、循環器の先生が、看護師さんに「体外ペースメーカーの心拍数を六〇から七〇回にあげて」と電話で頼んでいましたよ。
院長:俺もやるよ。「三八項目の一つ一つを病院で実際はどうしているか、安全面でどうなのか、検討しよう」と看護部長と話していたところに君たちが現れたわけだ。全日本民医連も制度への見解を出しているし、管理部でも検討する。
看護部長:看護師にとっても問題を整理することは有益だと思う。民医連の看護は、療養上の世話を看護師の役割として重視しているので「診療の補助」ばかり強調する改正に疑問はある。看護の質を上げることは、それとして大切だけど、あらためて「看護とはなにか」、特に地域包括ケアが言われている時に、どんな看護師像、看護像が求められているのかを考えるきっかけにもなるから。
新人看護師:私も考えてみます。
研修医:医師もきちんと分かっていないとダメな話ですね。院長、看護部長さんを医局に呼んで、学習会をしませんか?
院長:良いね。夏祭りの相談の後医局長も呼んで、打ち合わせようよ。
(原案・柳沢深志副会長)
(民医連新聞 第1602号 2015年8月17日)