里子・里親 文・朝比奈 土平 (10)父ちゃんのプチ家出
四歳にもなれば「アックンはさあ、生まれた時、どこにおったと?」「赤ちゃんの時、どのくらいの大きさやったと?」と聞いてくる。
そんな時は、「父ちゃんも母ちゃんも生まれた時は見てないんよ。でもね、アキラが一歳の時に出会ってうちに来てくれた時、ほんとうに嬉しかったんよ」と話す。
里親さんの中には「真実告知(※)」のやり方に悩んで、なかなか告知に踏み切れないで子どもがどんどん大きくなるという例も聞く。若い頃、「考えていいアイデアが出るほど賢くないんだからやってみればいいじゃねえか、ウシャシャ」と乱暴な助言をする上司がいたけれど、一片の真理を含んでいると思う。
慣れない子どもとの暮らしに腹を立てたりストレスに耐えかねたりは、いろいろあった(ある)。
義父が生前、我が家に泊まりに来たある日、アキラはとにかくワンワン泣いていた。その日はお母ちゃんが遅くなる日で、義父を迎えにきていた義妹が、オロオロと対応していた。食事の準備をしながら、あまりに泣くアキラにイライラ。泣く子にかまえばさらに泣く。ぷつんと頭の中で音がして、ご飯の入った茶碗をアキラの口元に押し付けて、父ちゃんはぷいと家出をした。しばらくして帰宅した母ちゃんがどう思ったかは知らないが、おじいちゃんたちは少し心配しただろう。翌週におじいちゃんが来た時に「小さい子どもをたたき出す訳にもいかず、自分が出て行かなきゃしょうがない」と言ったら、おじいちゃんは飲みかけのお茶を「ブッ」と吹き出してむせた。
そんな経験をしていると、世の中の母ちゃんたちにたいして、大変分厚い敬意がわいてくる。
帰って来た母ちゃんがドッカと座り「父ちゃん、お茶」と言い、「アックンもお茶」などと続けられると、機嫌のいい時はともかく、「お茶は呼んでも歩いてこん」と幼少時に母に言われたフレーズが口をついて出ることもある(一回だけ)。
ずいぶん不機嫌な空気に満ちることもあるけれども、アキラには育てられていることの方がはるかに多いように感じて、二人の寝顔に「スマヌ」とつぶやいてみたりする。
※里親が里子である事実を告げること。里親に義務づけられている。
(民医連新聞 第1602号 2015年8月17日)
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