里子・里親 (8) 「バカやないから」 文・朝比奈 土平
アキラがやってきた三年前の七夕の頃に何があったっけと自分のSNSを見返した。大飯原発三号機再稼働のニュースについて「反対する市民を避け、海側から原発に入った通産副大臣が送電開始に『興奮した』と言っていて気持ち悪い」とつぶやいていた。ソウル・フラワー・ユニオンの中川敬が「気高い人がきの波」と歌った首相官邸前の抗議の数万人が、車道を埋めたのが一週前だった。
アキラが一泊の予定で来ることになっていた次の週から訪問介護の仕事は全部断っていた。専業主夫になることを自分で勝手に決めていたのだと思う。保育所はいっぱいで、翌年の春まで日中は二人で過ごした。
抱っこ紐やベビーカーや転落防止柵を買い込んだけれど、ほとんど使わなかった。いちばん役に立ったのは自転車のチャイルドシート。自転車先進国だというオランダ製のものを通販で買い、自転車で走った。
九州電力前のテントひろばでは、原発事故の自主避難者の子どもたち、長崎の被爆者で漫画家の西山進さん、キリスト者の青柳行信さんはじめ、脱原発の運動に関わるたくさんの人の中に、アキラといっしょに通った。
里親研修の中で、養父母の愛情を試す、子どもの「お試し行動」に苦労した経験談にビビっていたけれど、あまりそんな経験はしなかった。
まちでは三カ月ごとに脱原発デモが行われていて、アキラもすぐにデビューした。集会やデモの申請で、警察署や区役所に出向くことが何度かあった。二歳前後まではアキラは父ちゃんの行くところにだいたい黙ってついてきた(そりゃそうだ)。
警察署の会議室に私服・制服一五人ぐらいの警察官が並んで、デモ申請の内容についてやり取りするということも何度かあった。少しむずかるアキラを横に、厳しいやり取りをしていた時、アキラが「こっちも見ろ、このとーちゃんめ」とばかりにペットボトルを倒して机と床にお茶をぶちまけた。僕はとっさに「あ、こらバカ」と叱った。
帰り道の自転車の上で、突然アキラが「バカ、バカ、バカ、バカ」ときつい顔をして連呼した。子どもは一緒にいる大人の真似をする。恐ろしい正確さで。「わかった、ゴメン。アキラはバカやないから」と謝った。
(民医連新聞 第1600号 2015年7月20日)
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