ヒューマンライツ・ナウ 伊藤和子さんにきく 人質事件から考える――― 軍事作戦では解決しません
後藤健二さんと湯川遥菜さんが過激派ISに捕われ殺害された事件。犯行への怒りや驚き、「テロとの闘い」を強調する日本政府への違和感など、読者からも多くの声が寄せられています。「軍事作戦で問題は解決しない」と断言する国際人権NGOヒューマンライツ・ナウの伊藤和子事務局長(弁護士)に聞きました。伊藤さんは二〇〇四年にイラクで起きた日本人人質事件の被害者代理人を務め、その後もイラクの問題を国際社会に訴え続けています。
ISを生む土壌
イラク戦争(〇三年)後に樹立されたシーア派のマリキ政権は旧バース党とスンニ派を弾圧し、大量に殺害。米国の占領政策に反対する人も次々と投獄され、拷問を受けました。
〇四年、スンニ派が多いアンバール州ファルージャで二度の大虐殺が。一三年終わりには、アンバール州で行われた反政府の平和的なデモにマリキ政権は銃を向け、参加者を射殺。住民が武装すると、大量の戦車で無差別攻撃を行いました。私たちがイラクの子どもたちの状況を調査した際、協力してくれたファルージャ総合病院も標的になり、医療者が死にました。病院への攻撃は戦争犯罪です。
ヒューマンライツ・ナウでは、イラクの深刻な人権状況について、報告書や声明を出しました。様々な国の問題にとりくんでいますが、これほどの人権侵害が国際社会から黙殺されるのは珍しいことです。
事件の起きた今年一月二一日からの一週間でも、イラクでは紛争関連で七九四人が死亡しています。
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〇四年にイラクで高遠菜穂子さんら三人が人質になった事件は、地元の青年たちがにわかにつくった武装組織が「自衛隊撤退」を日本政府に要求するものでした。日本政府がこれを即座に拒絶する厳しい状況下、人質自身が犯人集団と対話し殺害の決断を揺るがせ、支援者や友人が「三人はイラクの敵ではない」というメッセージを犯人グループに届ける中、無条件で釈放されるに至りました。
それから約一〇年。証拠もない大量破壊兵器を口実に、国連決議もないまま起こされたイラク戦争への検証も不十分で、手を下した国々の責任も問われていません。「訴えても変わらない」という人々の絶望を得てISは勢力を拡大し、昨年六月の「イスラム国建国宣言」へ。幹部はサダム・フセインの旧バース党関係者が固めています。
日本がすべきこと
軍事手段では、一時的にISを弱体化できても、根絶はできません。
パレスチナでは昨年、五〇〇人の子どもを含む二〇〇〇人の市民がイスラエルに殺されています。そして各国でイスラム移民は差別され、貧困に苦しんでいます。イスラムが敗北者のように扱われ続ける状況が変わらなければ、ISを支持する人が出続けます。
国際社会はこれまでのやり方が通用しないことを考えるべき時期です。そして日本はこれまでの外交のメリットを生かすべきです。
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日本はこれまでアラブ社会から信頼を得ていました。原爆投下という壮絶な被害の中から平和国家として立ち直り、外交では中立的立場を保ったという認識、また、人道支援・戦地報道等に尽力した高遠さんや後藤さんのような個人への信頼がありました。
欧米の対テロ戦争には常に追随してきましたが、目立ちませんでした。しかし「積極的平和主義」をアピールする安倍首相が登場し、今回の中東訪問での発言や行動が取り返しのつかない事態を呼びました。
今後、集団的自衛権、集団的安全保障に関する議論を本格化させ、日本の海外での武力行使・「有志連合」への兵站(へいたん)支援・武器輸出に道を開けばどうなるか。また、「テロとの戦い」と称する中東での紛争に有志連合の一員としてより深く関わることになれば、どうなるか。ISというレベルでなく、アラブ社会全体から日本は信頼を損ない、今回のような被害のリスクも増すことになります。
憲法九条には力がある。対立の時代に「対立」ではなく「かけ橋」として平和をつくりだすポテンシャルが日本にはあるのです。「テロとの戦い」でなく、九条や人権に立ち返るべき時です。(木下直子記者)
(民医連新聞 第1590号 2015年2月16日)