生活保護描く漫画 『健康で文化的な最低限度の生活』 作者・柏木ハルコさんに聞く
2014年春から生活保護を題材にした連載漫画『健康で文化的な最低限度の生活』が週刊ビッグコミック・スピリッツで始まりまし た。生活保護課のケースワーカ-(CW)として配属された社会人1年生・義経えみるを通して、生活保護の現場を描きます。作者の柏木ハルコさんを、出版元 の小学館に訪ねました。聞き手は、東葛病院(東京)SWの柳田月美さんです。
とにかくリアル(柳田)
現場からの声が力(柏木)
柳田:お会いするのが楽しみでした。開始から気になっていた漫画で、読むと「あるある」とリアル。一般読者の反応はどうですか?
柏木:読者の反応は今のところ良いようです。しかしやはり柳田さんのような現場の人がリアルだと言ってくれると、一番の力になります。また「私の話も聞いて」と、生活保護を受給している方から連絡があってお会いしたり。こういう反応、他の作品にはなかったです。
■なぜ「生活保護」なのか
柳田:なぜ生活保護を描こうと?
柏木:これまでの作品では恋愛や性欲など自分の身のまわりのことを中心に描いてきました。それが東日本大震災を機に、「社会的なことにも眼を向ける必要があるかな」と考えるようになりました。
社会の中の色々なしわ寄せがいく生活保護には、1人1人の価値観が表れる。ドラマになる、と思ったんです。様々な価値観が対立し、そこに感情が生まれる。
私も逆取材していいですか? SWさんはいつか取材したかったので。漫画で良かった場面は?
柳田:「生活保護は困窮者の過去は問いません」などと、主人公の先輩が大事なことをさらっと言う場面とか、私、マーカーを引いて読みましたもの(と、見せる)。
若い人が手にする漫画でこういう事実が出るのは、すごく大切です。「生活保護は誰でも利用できる」という命に関わる大事な情報が知られていなかったり、 福祉事務所も大変で、受給者が増えてもCWの増員はなく、担当ケースが基準を大幅オーバーしている問題などは知られていませんから。
柏木:SWも生活保護に関わるのですか?
柳田:病気をきっかけに受給する人が多いので、関わりは 深いです。最初は医療費の相談に来て、聞けば「よくそんな状態で…」と驚くほど困窮していたという方も多いです。ですから生活保護の申請に同行もします。 同行できなくても、必ず病状を伝える手紙を書きます。でなければ、1度でなかなか受け付けてもらえません。
柏木:CWと衝突はありますか?
柳田:ありますね。CWとは、患者さんの支援という共通 目的があるのに「言葉が通じない」ということが。先ほど言ったように、CWを一方的に責められない事情があることも分かっていますが、こちらも患者さんの 命がかかってます。代弁者として言うべきは言い、必要な対応を引き出します。
受給後も安心できないんですよ。CWに専門職が配置されないことで障害者につくはずの加算が漏れるなどの初歩的なミスもありますし、年が若いと病気でも保護廃止にもっていこうとされて…。
そうしてやりとりしている福祉事務所の中にも『健康で文化的な最低限度の生活』を回し読みしているという所があります。そこもCW1人あたり担当するケースは140件だそうです。
憲法25条がタイトル(柳田)
「人権」ってすごい(柏木)
■知識ゼロから取材して
柳田:知識はある程度お持ちでしたか? かなり取材されたかと。巻末の取材先を見ても、私たちにも馴染みのところが多くて。「だからこんな風に描けるんだ」と納得もしましたが。
柏木:ゼロからの出発でした。最初にお会いしたCWには「無理だよ、漫画にするのは」と、一刀両断にされまして、いざ始めてみると確かに大変で…。
支援団体の炊き出しや相談現場、福祉事務所でCWにくっついて業務を見せてもらったり、遺品整理業者の作業にも同行しました。「SOS」と書いた紙が壁 にびっしり張ってある女性の部屋があったり、世捨て人のようだったおじいさんのタンスの奥から、きちんとたたんだ綺麗な背広が出てきたり。故人のそれまで の人生や心の奥に何があったか、考えて切なくなりました。
「実は高校時代、生活保護世帯だった」という友人もいましたが「話を聞きたい」と頼んだところ「思い出したくないから」という理由で断られるということ もありました。生活保護受給者には傷病者や高齢者、母子世帯もあるし、事情は1人1人違う。取材に2年ほどかかりました。
漫画家という仕事はどうしてもひきこもりがちになるので「もっと会いたい、知りたい」といまもずっと思っています。みなさんの病院も取材させてもらうか もしれません。それと、この取材の中で、対象者の話を聴くということの難しさも非常に実感させられました。自分に「聴く」スキルがないことも。
柳田:聴くのは難しいですよ。
柏木:自分の事情を人に話すということは好きな人に告白する以上に難しいことなのだと思います。
柳田:しかも生活保護は、人に知られたくないことまで丸裸です。
柏木:そういう「言いたくない気持ち」も描きたいんですよね。
柳田:序盤は就労指導が題材でしたが、他に何をとりあげますか?
柏木:扶養義務はなるべく早くやりたい。生活保護の申請を取材したら、離婚して幼い頃別れた子どもに扶養照会が行くと分かり、申請をためらった男性に遭遇したんです。
柳田:そういう事例、多いですね。家族関係が複雑で、支援が受けられないから、生活保護に助けを求めているというのに。
柏木:また、貧困をとりまく状況は日々変化していくので、漫画がそれに追いつかないかもしれません。
■「考えていこう」という漫画に
柳田:連載は今後も続きますが、どんな作品にしていきたいですか?
柏木:メディアが出す生活保護の情報を見て、バッシングする人も、あまり事実を知らず、あまり深く考えずしていることが多い気がします。この連載を始めて「生活保護の見方が変わった」と、嬉しいことを言ってくれたアシスタントもいます。
「生活保護受給者」という人種がいるわけではなく、誰でも自分と地続きの問題としてとらえるべきものなのだと思います。
「ひとつひとつ考えていこうよ」というコミュニケーションの漫画にしたいです。だから、作者の価値観は押しつけたくないし、答えも簡単に出さないでおこ うと思っています。読者を切り捨てたくない。誰かを責めると、それと同じ立場にいる読者を切り捨てることになりますから。
タイトルを憲法25条からとったのは、最初は何となくだったのですが、今はこれでよかったととても思っています。生存権や人権を考える漫画になると思うので。
「人権」は、普通にしていると価値が実感できないけれど、奪われた時「生きていけない!」となる、空気みたいなものでしょう。奪われた側に行かないとな かなか分からない。でも考えてみると、原始時代から今まで、人類が「人権」を得るまでどれほど苦労があったか―と思うんです。「すべての他者を認め、尊重 する」ってすごいことじゃないですか。
(文・木下直子)
(民医連新聞 第1587号 2015年1月5日)