社会保障の“解体”をすすめる安倍政権。医療・介護制度の“改革”と称して公的保険の対象を狭める一方で、対象から外れたサービスを市場に開放し、民間企 業の金儲けの道具とすることがセットで狙われています。今回は医療、介護分野の大規模な市場化の実像について考えます。(丸山聡子記者)
国民の「健康」を金儲けの道具に
日本の社会保障は一九九〇年代から、削減に次ぐ削減が続いています。安倍政権の社会保障 「改革」もこの延長上にありますが、大きな特徴は、公的サービスを縮小すると同時に市場=ビジネスに置き換えていく、ということです。その意図を明確に打 ち出したのが、今年五月に成立した「健康・医療戦略推進法」です。 同法に基づき設置された健康・医療戦略推進本部(内閣官房)は、ホームページで「我が国が世界最先端の医療技術・サービスを実現し、健康寿命延伸を達成 すると同時に、それにより医療、医薬品、医療機器を戦略産業として育成し、日本経済再生の柱とすることを目指す」としています。
■第三の矢が放つもの
アベノミクス「第三の矢」(成長戦略)の要として掲げられた「日本再興戦略」(二〇一三年 策定)。このうち、医療と介護にかかわる考え方として「国民自身が疾病予防や健康維持に努めるとともに、必要な医療サービスを多様な選択肢の中で購入で き、必要な場合には、世界最先端の医療やリハビリを受けられる、適正なケアサイクルが確立された社会を目指す」と明記しました。ここに貫かれているのは、 「健康は自己責任」とする考え方と、「必要なサービスは購入せよ」という発想です(表)。 再興戦略では、「戦略的市場創造プラン」のひとつとして「国民の『健康寿命』の延伸」を掲げました。しかし具体策をみると、健康関連商品・サービスの市 場形成や、国際展開を視野に国を挙げての医薬品・医療機器等の開発促進など、市場拡大の内容ばかりです。 健康・医療分野を「グローバル市場での成長が期待できる」と位置づけ、現行の多くの規制を緩和しビジネス展開がしやすいようにせよ、と強調しています。 そのうえで、現在一六兆円の国内市場が二〇二〇年には二六兆円に、海外市場においては一六三兆円から三一一兆円を見込めると試算しています。
■混合診療に道ひらく
今年六月に閣議決定した「日本再興戦略 改定二〇一四」ではさらに踏み込みました。「医 療・介護をどう成長市場に変えていくか」との問題意識で、「効率的で質の高いサービス提供体制の確立」「医療介護のICT化」のほか、「公的保険外のサー ビス産業の活性化」「保険給付対象範囲の整理・検討」など具体策を示しました。 特に「公的保険外のサービス産業の活性化」と「保険給付対象範囲の整理・検討」には、研究者も警鐘を鳴らします。金沢大学の横山壽一教授は、「この二つ はセットで保険の内と外を整理し、保険給付を狭めて民間サービスに置き換えていくとの狙いが明らかです。その第一歩が、政府が来年の通常国会に提出しよう としている“患者申出療養”制度で、これを混合診療解禁の突破口にしようとしています」と、一一月八日に都内で行われた講演会で指摘しました。 保険対象外の診療(自由診療)を解禁すれば、医療の安全性を揺るがし、所得の違いで受けられる医療の格差を広げることにつながります。 全日本民医連は一一月七日、「患者申出療養(仮称)に対する全日本民医連の見解」を発表しました。「保険外併用療養制度を拡大して国民皆保険制度の空洞 化をねらうものであると同時に、保険給付の縮小と大幅な患者負担増で医療の営利化を推し進める」と指摘。「お金のあるなしで受けられる医療に格差を生み、 国民皆保険制度を崩壊させ、国内未承認薬の利用など安全性の面でも重大な問題がある」とし、同制度の撤回を求めました。
日本再興戦略がめざす社会
(1)効果的な予防サービスや健康管理の充実により、健やかに生活し、老いることができる社会 個人・保険者・企業の意識・動機付けを高めることと健康寿命延伸産業の創出に両輪で取り組む。どこでも簡単にサービスを受けられる仕組みを作り、自己健 康管理を進める「セルフメディケーション」等を実現する。 意識・動機付けにより潜在市場の拡大を図るとともに、規制・制度の改革・明確化を始めとして、最も効果的・効率的な政策手段を採用することで、健康増 進・予防(運動・食事指導や簡易な検査など)や生活支援(医療と連携した配食サービスなど)を担う市場・産業を戦略分野として創出・育成する。 (2)医療関連産業の活性化により、必要な世界最先端の医療等が受けられる社会 優れた医療技術の核となる医薬品・医療機器・再生医療製品等の実用化を推進し、世界で拡大するマーケットを獲得できる世界最先端の革新的製品を創出す る。このため、国家の課題としての、疾病克服のための研究を俯瞰する司令塔機能を創設する。 (3)病気やけがをしても、良質な医療・介護へのアクセスにより、早く社会に復帰できる社会 健康増進・予防や生活支援に関する市場・産業を創出することに加え、医療・介護提供体制の強化、高齢者向け住宅の整備等に取り組み、良質な医療やリハビ リサービスへのアクセス、介護ロボット産業の活性化を実現し、高齢者、障害者等が、地域で安心して暮らせるようにする。
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