公衆衛生・財政 認知症 専門家と患者・家族が語る 全日本民医連 人権としての医療・介護シンポ
6月21日に全日本民医連が行った「いのちの格差を是正する『人権としての医療・介護シンポジウム』」。公衆衛生と財政の専門家、患者・家族の代表が語り合いました。3人のシンポジストの発言要旨を紹介します。(木下直子記者)
健康格差社会の“診断書”
近藤克則さん 千葉大学予防医学センター教授
貧困などの社会格差が健康格差として現れていることを、近藤さんは各種資料から示しました。
たとえば噛む力。六五歳以上の約三万三〇〇〇人のデータから、「あまり噛めない」「ほとんど噛めない」という人の割合を教育年数や所得別でみると、教育 年数が短い層、所得は低い層ほど多くなっています。教育年数「六年未満」では「一三年以上」の二倍超に。検診回数も教育年数が短い層ほど未受診の割合が高 くなります。
同じデータから、低所得層ほどうつが多いことが分かります。六五歳から五歳ごとに区分して比較すると、一〇〇万円未満と四〇〇万円以上では五倍以上の差に(図1)。うつは高齢になるほど増えますが、全年齢区分で所得が低い層ほど多い傾向にあることも明らかになりました。
また、高齢者一一万人の健康行動と所得階層を分析すると、低所得層ほど消極的。喫煙者が多く、睡眠に問題があったり、運動習慣も少ないなどの特徴が(図2)。「これを“自業自得”とみる人もいるかもしれませんが」と前置きしたうえで、近藤さんはあいりん地区(大阪市西成区)のフィールドワークから、環境が行動に大きく影響する実例を紹介しました。
同地区のアルコール関連の相談件数は、大阪市全体に比べ男性で約四倍、女性で六倍超と大変な数字です。地域には一〇〇メートルおきに酒の自販機があり、 一〇円刻みで商品が揃い、懐事情に応じて飲める環境。「この環境下で指導は有効だろうか。一つ目、二つ目の自販機は我慢できても、三つ目、四つ目はどうだ ろう」と、近藤さん。
経済格差や社会的ストレス、受けられる医療や社会的なサポートの有無など、健康格差を生む要因は蓄積され、最後は死亡率の格差へ(図3)。「医療現場で健康格差は見えやすい。だが、問題は現場に至る前から生じていることを知りましょう」と呼びかけました。
【対策編】
健康格差社会への“処方箋”は? 近藤さんはWHOが総会で決議した三つの視点~(1)日常生活の環境条件の改善(2)力、お金、資源の分配の不平等へ のとりくみ(3)問題の測定と理解・活動のインパクトのアセスメント~を挙げました。(3)に正解はなく「実践して効果がありそうなことを拡げる」という スタンスです。
うつ状態へのサポートは非専門職でも効果があるとのエビデンスが確立していること。スポーツは一人より集団で行うと効果的なこと。スポーツや趣味、ボラ ンティアのグループへの参加率の高い地域ほど転倒や認知症、うつのリスクが低いことを紹介。「WHOの提起は民医連が長年とりくみ、実績を積んできた分 野」と、患者会や共同組織を高く評価しました。
WHOが経済や雇用、教育、文化に至るまで、あらゆる分野で健康格差を縮小する努力をするよう求めていることを紹介。「民医連がとりくんでいる社会保障拡充の運動は必要です」と結びました。
内部留保は活用できる
小栗崇資さん 駒澤大学経済学部教授
小栗さんはまず、日本企業の内部留保が二一世紀以降、異常なほど増えていると報告しました。内部留保は企業総資産の伸び率以上に上昇(表)。利益剰余金という「見える内部留保※」(公表内部留保)だけを分析しても、かつてない増加です。
なぜこれほど膨大な内部留保が生まれたのか―。小栗さんは、人件費の抑制と法人税減税を挙げ、「本来なら労働者と国民に渡るべき資金を、企業が吸い上げた結果だ」と指摘しました。
試算すると、二〇〇一年から一二年の内部留保増加分(五八・一兆円)のうち、四~六割強が人件費を抑制して生み出されました。労働者一人当たり賃金は、同年比で一割以上減らされています。
法人税は一九九九年に四〇%から三〇%に減税。さらに優遇措置があるため、実際の税率は資本金一〇〇億円以上の企業で一五・六%にまで軽減されています。
「内部留保を活用せよ」との声に、企業側は「設備投資に使うので困難」と反論します。ところが、〇一年に比べ一二年の設備投資は八八%と減る一方、金融 投資や企業グループ子会社への投資は二〇〇%以上も伸びています。実際は設備投資でなく、マネーゲームに使われているのです。
「内部留保は活用できる。『いのちの格差』の問題は、経済の歪みの是正で解決する」と小栗さん。「社会的圧力で企業に内部留保を賃金、雇用、国内投資に 振り向けさせる」「内部留保に課税する」など解決策も提示。「医療・福祉や新エネルギー産業へ投資し、劣化した大企業への依存から脱却することに、日本経 済再生の道がある」と語りました。
※利益剰余金に資本剰余金や引当金・準備金、評価差額を加えた「実質内部留保」は見えづらいものの、利益剰余金の倍はあるといわれる
人としての尊厳守れる社会を
勝田登志子さん 認知症の人と家族の会副代表
「認知症の人と家族の会」は、「認知症の人も、介護する人も人としての尊厳を」「認知症になっても安心して暮らせる社会を」と求めて活動する団体です(全県に支部、会員数一万一〇〇〇人)。
「人権としての医療・介護を求めた民医連の提言に賛同する立場です」と切り出した勝田さん。医療・介護総合法案の反対運動にとりくみ、八万七五三三筆の 署名を集め、一一七七議会への申し入れを実施しました。署名活動も市町村議会への申し入れも、三五年の会の歴史上初めてのことです。
配偶者の認知症を近所や知人に隠し続けていた会員が、認知症を告白し署名を訴えて回ったこと、国会での審議をインターネットで繰り返し見た会員がいたこ と、会員の少ない県では民医連の協力が大きかったことなど、運動を通じて生まれたエピソードを紹介。
厚労省の審議会に出席し、国会の参考人も務めた自身の経験とも重ね「政治にはなるべく関わらない」という見方から脱し「政治が生活にもつながっていると分かった瞬間だった」と語りました。
また、「他団体と手を結ぶ大切さや声を出せば報われることを知り、原発や集団的自衛権など、介護以外の問題にも目を向けるようになった」と勝田さん。
多くの反対の声を押し切り、総合法案が成立したことに「介護保険からの要支援者外しも二割負担の導入も、国の路線がおかしいことは現場で実感している。 安心できる介護保険制度を引き続き求め、今回の改悪による『後退』を取り戻すための要望も続ける。民医連の提言も深く学び、運動を広げていきたい」とまと めました。
(民医連新聞 第1575号 2014年7月7日)