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民医連新聞

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無低診を通して見えるもの《実態》 受診阻まれる人々 『酷書』まとめ発言 ――鳥取生協病院

 無料低額診療事業(以下、無低診)は、経済的な困難を抱えた人に対して、医療機関が無料または患者負担を低額にして診療する制度 です。「お金のあるなしで医療に差別を持ち込まない」と、六年前に全日本民医連が呼びかけ、現在三四〇の民医連事業所で実施中。その中の一つ、鳥取生協病 院では無低診の事例を『酷書』として冊子にまとめました。(木下直子記者)

タイトルは『広がる格差と貧困の中で…鳥取生協病院版 無料低額診療事業「酷書」』。
難病やがんを抱えながら年単位で治療を中断していた人たち。不調でも受診できず、ようやく病院に来た時にはがんが進行していた人もおり、その中には幼い 子どもを育てる三〇代の女性も。保険薬局の処方薬が減免されないために問題が解決していない人もいました。一人一人が無低診にたどり着くまで、どれほど病 気の苦痛や不安に耐えねばならなかったか、胸に迫るリポートです。
「全日本民医連の歯科部が出した『歯科酷書』がヒントです。無低診という制度、そして貧困によって受診抑制が起きている実態を、病院の内外に知らせるた めに、作ってみようと話しあって」と、同院のSW・橋本綾さん(地域連携室室長)。SWや事務管理者などが参加する無低事業判定会議で話し合い、相談事例 から特徴的な一七事例を抽出。執筆は個々の事例を担当したSWたちです。
『酷書』は、行政や開業医、病院などに届けています。困窮者の増加に共感したり、「すごいことをしているのですね」という驚きの声が。「うちでもこの事 業をできないか?」と、SWが事務長に詰め寄った病院もありました。

■困難な人たちを掘り起こす

鳥取生協病院が無低診を始めたのは二〇〇九年八月。県東部医療圏域で事業を実施しているの は、同院とせいきょう歯科クリニック、一民間診療所のみ。県全体ではほかに二病院。世帯収入が「最低生活基準額」(生活保護法)の一一〇%以内なら診療費 を全額免除、一三〇%以内なら半額にします。
「開始以降、生活相談が格段に増えました」と、SWの横川直也さん(主任)。病院職員や患者などからの紹介のほか、病院前の無低診の看板を見て駆け込む人や、無低診のチラシを握りしめて来る人もいました。
日本一人口が少ないことで知られる鳥取県。最低賃金の額は全国最下位、鳥取市にあった大手電気機器工場の撤退などで、生活に困る人が増えているはずでし た。「それでも、国保の短期証や資格書の事例もあまり浮上せず、困っている人が見えないのが気がかりでした」と、今年三月まで事務長だった林憲治さん(鳥 取医療生協・常務理事)は振り返ります。「そんな時でした。全日本民医連から無低診に挑戦しよう、と提起があったのは」。
「無低診で地域に埋もれた困難な人たちが掘り起こせるようになりました。関わった人たちは『氷山の一角』ですが」と、横川さん。

■“その後”に注目しよう

橋本さんは「無低診を利用した患者さんたちの『その後』を見ることが大切」と、強調します。『酷書』でも、この点にふれています。一二年度の利用者五七人は、更新(継続利用)が七割、生活保護申請・受給が一割強、所得が増えて適用から外れた人が一割弱でした。
最近まとめた一三年度の結果も同様の傾向。ここから読み取れるのは、貧困に一度陥ると抜け出しにくいこと、生活保護の受給にたどり着くまでには高いハー ドルがあること。そして社会保障制度の改善が欠かせないことです。また、所得が増え無低診の利用を終えた一割弱は、一時的な支援制度さえあれば、[病 気]→[働けない]→[収入減]→[治療できず悪化]という負のスパイラルを断ち切れる層がいることを物語っています。
SWの森本克規さんも「生活保護以外に使える制度が少ないのだと痛感した」と語ります。
たとえば、低所得者の負担を減免する国保法四四条。三年前に鳥取市でも制度が整備されましたが、これまでの申請者は被災者を除きゼロ。「収入が生活保護 基準レベル」「国保料の滞納がない」など条件が厳しく、使えないのです。森本さんは市民団体などと行う自治体キャラバン(懇談)で『酷書』を示し制度改善 を求めました。「改善運動の大きな“武器”ができました」と、林さん。
「実は、無低診を始める前は、大変な人ばかり来たらどうしよう…と、不安が先行していました。でもいまは『お金がない人も診る病院なんだ』と胸を張れま す。今後も事例の発信を続けていきたい」と、橋本さんは語りました。

無低診は危機に瀕した命を水際で救うにとどまらず、貧困に陥れば命の保証もない現状を告発し、社会保障制度の改善課題を鮮明にする事業になっています。また、民医連事業所の役割の再確認にも。「無低診を通して見えるもの」―今月から月一回シリーズで掲載予定です。


無料低額診療事業…「生計困難者のために、無料又は低額な料金で診療を行う事業」。社会福祉法(第二条第三項第九号)に基づき医療機関が行える第二種社会福祉事業。県知事の認可で実施できる。実施している事業所全体の六割が民医連で、二〇一二年度は二三万六〇〇〇人が利用した。

(民医連新聞 第1572号 2014年5月19日)