産後訪問つづけて17年 孤立する母子ささえる 北海道・勤医協札幌病院
大阪市に続き生活保護世帯の多い北海道札幌市。勤医協札幌病院は、経済的に困難な妊婦の出産費用を公費で負担する「入院助産施設」の認可を受け、母子をささえています。また、一七年前から初産婦を対象に、助産師たちが独自に「産後訪問」も行っています。(丸山聡子記者)
産後訪問は毎週月曜日。この日は退院四日目の大舘久恵さんら三軒を訪問。心待ちにしていた久恵さんは「へその緒から血が滲んでいるけど大丈夫ですか」と、助産師の松本尚子さんに質問します。
入院中は母乳の出が悪く、赤ちゃんの体重増加も低調でした。退院後は順調な様子。松本さんはじっくり話を聞きながら、母子を観察します。祖父母は道外に おり、夫婦二人で初めての子育て。「わからないことばかりなので訪問は心強いです」と久恵さん。
生活保護が3倍強に
通常、母子は産後一カ月目に出産した病院で健診を受けますが、同院では初産婦に限り、退院 一〇日後を目安に助産師が訪問します。産後訪問を始めたのは一九九七年。入院中は母乳栄養ができていても、一カ月健診時には半数が人工栄養や混合栄養に なっていました。「はじめの一カ月は、母子ともに最も不安定な時期。健診前にフォローが必要と考えた」と大高主江看護師長は振り返ります。
病院では問題ないと思われていたケースでも、自宅への訪問で気づくことがあります。喫煙しながら授乳していたり、猫や犬が何匹もいて足の踏み場もない中 に赤ちゃんが寝かされていたり…。粉ミルクを節約しようと、薄めて飲ませていた例も。
同院は昨年、この間のとりくみをまとめました。産後訪問を始めた九七年、入院助産制度の利用が全分娩の三割を超えた二〇〇四年、約半数になった一一年を基準に母子のデータを分析しました。
生活保護受給率は九七年の七・五%から二〇一一年は二五・六%と三倍強に(表)、未婚者は一三・七%から三〇・八%に増えていました。精神疾患の妊婦は九七年の約三倍の六・五%にのぼりました。育児困難などの理由で、産後訪問以外に継続的な支援を続けた割合も増え、一一年は約三割に。
助産師の五十川(いそがわ)聡子さん(主任)は、「お母さん自身、困窮した家庭で育った場合が多い。教育が十分でなく、定職に就けず、一〇代から風俗店 で働かざるを得なかった女性が目立ちます。貧困が連鎖しています」と指摘します。
寂しさを埋めるように、見通しもないまま性交渉を持ってしまう人もいます。妊娠しても相談相手はなく、受診先も知らずお金もない。妊娠後期になって初め て受診したり、飛び込み出産するケースも。中絶手術や避妊治療は自費で、低所得者層ほど“望まぬ妊娠”が増えている現状です。
人生をやり直す
気になるケースは保健所や児童相談所にもつなぎますが、継続してささえる体制は追いつかな いのが現実です。人とのつながりが希薄な母子は地域で見えにくく、支援に結びつきにくい。「でも分娩で関わった私たちの訪問を拒否するお母さんはいませ ん。自宅にあがり、暮らしぶりが分かる産後訪問の役割は大きい」と五十川さん。
働きかけを続け、お母さん自身が変わったケースも。妊娠九カ月で受診したAさんは、風俗店で働いており知的障害がありました。出産後すぐ第二子を妊娠。 聞けばAさん自身が養護施設で育ち相談する人がなく、第一子の育児でも悩んでいました。離乳食などの相談に乗り、子どもの食事をきちんと作れるようになり ました。
「『この人に育児は無理』と投げ出すことは簡単です。でも、育児を成功させることで、お母さん自身の人生のやり直しにつながることもある」と五十川さん。
長島香医師は「母子を引き離すことだけが正解ではない」と言います。「貧困の連鎖を断つには、お母さんも子どもも『自分は大事にされた。生きていく価値がある』と思えるような支援が必要です」。
札幌市内の入院助産施設に公的病院はなく、同院を含め二カ所だけ。産後訪問や支援を続けるには困難が伴います。大高師長は言います。「事例検討会や、健 康権と民医連綱領の学習を重視。『背景を見よう』『粘り強くとりくみながら地域にも発信しよう』と言い続けています。子どもたちをほっとけない、という職 員の気持ちが、この活動をささえています」。