国家の主権より国民のいのちより多国籍企業の利益が優先に
講演
田代洋一・大妻女子大学教授
TPPは日本をどこに導くか―
四月二〇日のTPP阻止学習決起集会での田代洋一大妻女子大学教授の講演要旨を紹介します。
そもそもTPPは、シンガポール、チリ、ブルネイ、ニュージーランド(P4)が二〇〇六年 に結んだ通商条約でした。〇九年に米国が、豪州、ペルー、ベトナム、マレーシアと共に参加(P9)。一二年にメキシコとカナダが入り、一一カ国で交渉中で す。日本の参加には一一カ国が合意。九〇日間の議会審議がある米国の正式合意を待っている段階です。
今後日本に参加一一カ国から送られてくる参加条件に関する「念書」は、屈辱的な内容でしょう。TPPは非常に特異な通商条約であるからです。
■異常な通商条約
[例外なしの関税撤廃]外国との商取引には、国内産業を守るために物品の関税その他の通商規則があります。通常の自由貿易協定(FTA)では、関税の品 目数の一割は例外で(日本の場合九〇〇件)、撤廃の必要はありません。しかしTPP参加国にはすべての関税撤廃が求められます。
[無条件秘密条約]現在、二一作業部会で二九章の交渉が始まっていますが、TPPは秘密条約で、交渉参加前は条文案を見ることすらできません。
参加後も、案文や各国提案、説明資料やメールにいたるまで協定発効から四年間は秘匿するルール。国民は情報を得られません。
[日本に交渉権なし]P9が合意した事項は変更できません。交渉が始まった章には拒否権もなく、章の新設や削除もできません。交渉打ち切り権もありません。「内容がまずければ、交渉を打ち切ればいい」というのは日本には不可能です。
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安倍首相は、二月のオバマ大統領との首脳会談について「聖域なき関税撤廃が前提でないことが明確になった」と国民に説明しました。
しかし合意内容は日本の全面降伏なのです。共同声明は「全物品が交渉の対象となる」と、TPPの本質を確認しています。「結果は交渉で決まる」ともあります。なぜ首相が「聖域はある」と言えたのか…。
■米国の狙いは
TPPは米国の世界戦略です。同国がイラク戦争などに明け暮れる間に、経済で中国が台頭し、米国を脅かすとともに、経済的には最大の相手国に。米国は中国と手を握る一方、アジア太平洋地域での覇権争いもする「二正面作戦」で臨んでおり、TPPはその手段です。
グローバル化する世界でもっとも重要なことは誰がグローバルスタンダードを制するかであり、米国は米国ルールで支配することを狙い、そのための橋(きょう)頭(とう)堡(ほ)(足がかり)としてTPPを位置付けています。
そのため三つの世界経済戦略を持っています。一つは五年で輸出を倍増すること。勝てるのは農業分野で日本に対してのみ。
二つ目は、知的財産や特許などのサービス貿易。中国が知的財産違反で作った製品をTPP参加国に輸入させないという形での中国封じ込め策です。
そして最大の狙いが海外投資権益の確保。このために活用するのがISDS条項です。
■企業が国を訴える
ISDS条項とは、多国籍企業が投資先の国の制度で損をしたと判断した際、その国を訴えることができるというルールです。
裁判官には多国籍企業の顧問弁護士が着任可能で、控訴もできません。これまでも米国企業が裁判を頻発して勝っており、なかば米国の「専売特許」です。訴えられた国は、敗訴して、多額の賠償を払うことの負担から制度を変えざるをえなくなります。
カナダ政府は大気汚染を起こす添加物を禁止したことを訴えられ敗訴。韓国は給食に有機農作物の利用を米韓FTAに阻まれました。豪州では禁煙政策を、ニュージーランドは禁酒・禁煙政策を阻まれました。
国家の主権より、国民のいのちより多国籍企業の利益が優先されるのです。
■安保の呪縛を解こう
首相は「聖域を確保」したとしましたが、政府が発表した全関税を撤廃した場合の一〇年後のGDP試算によれば、TPPに参加して得がないことは明白です。
それでも日本がTPPに固執するのは「日米同盟の強化」を意識しているからです。世論もまたTPPの影響を懸念しながら、TPP参加を「評価」するのは、北朝鮮や中国との緊張を意識しているためです。
ですがアメリカは日中対立のために最大の取引国の中国と戦う気はさらさらない。日本人はいつまでも安保の呪縛にとらわれているべきでないのです。
日本の交渉力では、一度TPPに参加すれば、脱退はできないでしょう。
交渉参加の最後の手続きが国会批准(衆院の二分の一以上の賛成)。国民には選挙で阻止する手があります。TPPの危険性を最も自覚している医療分野の皆さんに阻止の運動の先頭に立っていただくことを期待いたします。
(民医連新聞 第1547号 2013年5月6日)