長い避難生活に寄り添って “仮設専門”の訪問看護師たち 被災地発 宮城・坂総合病院
宮城では、昨年五月から「仮設住宅専門の訪問看護師」が活動しています。坂総合病院がとりくんできた被災者向けの健康相談会でで きた行政との連携が、多賀城市から委託を受けることにつながりました。大震災から二年を経て、生活再建のめどが立たず、心身に変調をきたす人たちがいま す。(丸山聡子記者)
「こんにちは。あれ、顔色悪いかな?」。看護師の高橋ゆかりさんは、車を降りるなり、次々と住民に声をかけます。昨年五月から、市内六カ所の仮設住宅(計三五〇戸)を回り、体調から生活不安まで、住民の相談に乗っています。
この日は千葉昭蔵さん・律子さん夫妻を訪問。海岸から約二キロの距離にあった千葉さん宅は一階の天井まで津波に浸かり、全壊。「三七年住んだ家。三五年ローンを払い終えたところだった。涙もなかったよ」と二人はいいます。
かねてから地域の消防団や自治会役員をしてきた昭蔵さんは、仮設でも頼られる存在。それだけに、自分たちのつらさは口にできずにいました。律子さんは、 被災一年後あたりから、めまいに悩まされるように。「時がたつごとに鮮明に思い出すの。我が家がないのがつらくてね。ご飯を炊くのも人に会うのもいやだっ た」。律子さんを訪ね、話を聞いたのが高橋さんでした。「それでようやく、前を向こうと考え直せた」と律子さん。昭蔵さんも心臓疾患を抱え、三回の手術を 受けています。高橋さんは心強い存在です。
生活、すぐには取り戻せない
多賀城市では三五〇世帯がプレハブの仮設住宅に入居(一月現在)。民間賃貸を借り上げた「みなし仮設」に約一二〇〇世帯が暮らしています。プレハブ仮設全体では六五歳以上を含む世帯は一八〇世帯(五一・四%)ですが、仮設によっては四分の三が六五歳以上のところも。
市が実施したアンケートでは「専門職の訪問」を望む声が多くありました。そこで県が全額補助する「地域支え合い体制づくり助成事業補助金」を使い、仮設 住宅を訪問する専任の看護師を配置することに。一人は坂総合病院に委託し、一人は直接採用です。高橋さんは坂総合病院から派遣されています。
訪問するのは、健康不安を訴える人や、市の調査で専門職の訪問を希望した人、支援者や仮設の管理会社から「様子が気になる」と連絡が入った人など。現在一一九世帯を訪問中です。
震災の影響で心身の状態を悪化させた人もいます。津波の水に浸かり、抱きかかえていた母が冷たくなるのを看取った男性は、今も恐怖心から入浴できず、夏で も寒さを訴えます。精神疾患を抱える高齢の女性は、慣れない仮設の生活でストレスをため、近隣とトラブルが絶えず、孤立しています。
「困難を抱えながらも自立していた人が震災で生活を奪われ、慣れない仮設での暮らしを強いられている。ストレスを抱え込み、爆発する」。高橋さんが話を 聞くと落ち着き、しばらくするとまた爆発する…の繰り返し。「街が復興しつつあるように見えても、何十年かけて築いた生活は二年では取り戻せない」と高橋 さん。
失業し、一人で暮らす四〇~五〇代の男性も気になっています。健康相談会や行事などに出てこず、昼間から酒を飲んでいることも。「『死んでも誰も悲しまない』と自身にも否定的で、医療に結びつきにくい」のが現状です。
5~10年の視野で向き合う
市の直接採用として活動する小熊葉子さんも、坂総合病院の元職員。夫も同院の医師です。長 く現場を離れていましたが、「役に立つなら」と引き受けました。「被災者は経済苦や病気、家族の問題など、複数の悩みを抱えている。五~一〇年の視野で向 き合う必要がある」と話します。
市・生活再建支援室の阿部英明室長は、「市職員には話しにくい生活不安も、看護師が血圧を測りながらだと、『実は…』と出やすい。それを公的支援につな げています」と、医療職の訪問の効果を語ります。支援金や義援金が底をつき始め、生活面、健康面ともに支援が必要です。みなし仮設へも看護師の訪問を広げ る予定です。
計画中の災害公営住宅への入居は来年一一月から始まる予定で、現在四カ所が建設予定です。野球場跡地の仮設住民でつくる「さざんかの会」の伊里山いさ子さんと滝澤芳子さんは、「足の着ける住み場所が一番の願いです」と口をそろえます。
阿部室長は、「災害公営住宅に移った時にコミュニティーをどう構築し、支援を自立に結びつけていくかが課題」と話しています。
高橋さんは言います。「気になる患者さんを訪ね、困難を解決しようと活動した民医連での経験や看護が役に立っている。行政と連携し、息長く続けていきたい」。
(民医連新聞 第1544号 2013年3月18日)
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