シリーズ 働く人の健康 ~配達バイクによる振動病~ 「生活と労働の視点」で捉えて全国初の労災認定を勝ち取る
振動病はチェーンソーなど振動工具を扱う人の労災病として有名です。民医連の事業所でも多くの患者さんを診ています。このたび、 熊本・水俣市の協立クリニックの患者さんが、バイク運転による振動病を発症したと認められました。労災認定としては全国で初めてのケースです。(丸山聡子 記者)
悪路を日に100キロ以上
Aさん(六〇代、男性)は三年前、手のしびれやこわばり、痛みを訴え、同クリニックを受診しました。高卒後、電機製作所の工員や旋盤工として働き、五二歳から非常勤で郵便局に勤務。八年間、バイクで郵便配達をしました。
Aさんが担当していたのは、水俣市と隣接する鹿児島県の山間部。冬は氷点下になり、積雪もしばしば。配達地域の道は、舗装されていなかったり、路面に亀 裂が入って石が散乱したり…と、悪路でした。人家はまばらで一日の走行距離は一〇〇キロを超えました。スピードを出さなければ、配達が間に合わないこと も。厚手の手袋をしていても強い振動が伝わり、ハンドルから手を離すと手のひらがジンジンしました。
次第にしびれはひどくなり、痛みを伴うまでに。六~七年たつと指の感覚がなくなり、指が白くなる「レイノー現象」も見られるようになりました。さらに、 食べ物を落とす、湯加減がわからないなど、日常生活にも支障をきたし、Aさんは退職しました。この間、健康診断で不調を訴えましたが、対処はされませんで した。
郵政民営化の陰で…
Aさんが働いていた八年間で、職場環境は大きく変わりました。小泉内閣当時の“郵政改革”の下、事業主体は「郵政省」→「郵政公社」→「郵便事業株式会社」とめまぐるしく変わり、そのたびに人員は減らされ、配達地域・距離は増えていきました。
Aさんの身分は、フルタイムで過密な労働を強いられながらも非常勤のままでした。そのため公務災害の対象にならず、退職後に労災を申請。公務災害では、 かつて郵便配達員がバイクによる振動障害を認められたケースがありますが、労災での認定はありません。
生活歴・職業歴の重要性
看護師の濵千恵美さんは、「問診で一日一〇〇キロ以上も悪路を配達したと聞き、驚いた」と言います。Aさんを支援していた労働組合(鹿児島建交労)から配達地域の写真も見せてもらいました。
同クリニックでは、一九九〇年の開設当初から振動病にとりくんできました。患者会が中心で月一回の学習会も続けています。こうした学習会や鹿児島建交労 との連携を通じ、職員たちも労災発生の経過や制度について学びました。
「バイクでの振動障害は初めてでしたが、労働実態と症状から振動病だと思いました」と濵さん。「振動病というと、チェーンソーなど“振動工具を扱う人特 有の病気”と思い込んでいました。けれど、症状から出発し、原因は振動の激しい労働だと気づき、疾病の背景にある生活歴や職業歴、具体的な働き方を知るこ とが大切だと学びました」。
患者同士の交流
労災を扱う医療機関が少ない、受診できても職業歴や働き方まで聞かない…という中で、患者 会も大きな役割を果たしています。Aさんも患者会に入っていた知人から「自分と同じ症状だから振動病ではないか。よく診てくれるところがある」と紹介され て、協立クリニックを受診しました。
月一回の学習会では、振動病や労災制度についてはもちろん、予防接種や生活習慣病についても学びます。濵さんは、「体調も悪く、働けない人が多い中で、 同じ病気の仲間同士、交流の場になっている」と言います。集団体操も行い、治療効果も上げています。「前例がないためAさんの審査には時間がかかりました が、励まし、ささえ合うことができた」と濵さん。二〇一一年五月、Aさんの労災認定が決定しました。
濵さんは、同様の振動障害に苦しみながら、泣き寝入りしている人たちの存在に注目しています。「Aさんは非常勤でしたが、常勤の配達員は職場に遠慮し て、公務災害の申請に踏み切れないとも聞きます。Aさんが辞めた後は、別の人が同じ地域を配達しています。人員削減や労働強化がすすむ中で、この経験が同 様の働き方をしている人たちの役に立てば」。
(民医連新聞 第1542号 2013年2月18日)