シリーズ 働く人の健康 ~アスベスト被害~ 石綿被害発症のピークはこれから 職歴の把握、救済制度に精通を
昨年一二月、建設現場で働きアスベスト被害を受けた人たちの裁判(首都圏建設アスベスト訴訟)の判決が東京地裁であり、被害を防 ぐための規制を怠った国の責任が認められました。一方でメーカー責任は認められず、一人親方や零細事業主の訴えを除外するなど、問題点も。アスベスト被害 は現在も進行中です。現場の実態と、医療者のかかわりについて考えます。(丸山聡子記者)
首都圏建設アスベスト訴訟は、建設現場のアスベスト曝露により、石綿肺や肺がん、中皮腫などを発症した首都圏の建設作業員と遺族三三七人が、国とアスベスト建材メーカー四二社に健康被害の損害賠償を求めたもの。
東京地裁判決は、一九七二年頃にはアスベストの危険性は判明しており、遅くとも七四年までには石綿吹きつけ作業員に、八一年までには石綿を含む建材の切 断などに携わる作業員に防塵マスク着用の義務づけ等の規制措置を講じていれば、「健康被害を相当程度防げていた」と指摘しました。
一方で、アスベスト建材メーカーの責任は法的に問えないとしました。しかし判決は「メーカーが責任を負わなくてよいのか、疑問がある」とし、国にメーカー負担を視野に入れた補償の仕組みの検討を求めています。
また、一人親方や零細企業の事業主を、労基法に定める「労働者」にあたらないとして除外するなど、問題をはらんでいます。
建設現場では誰もが曝露
建設労働者は、生涯で数百の建設現場で働きます。日本が輸入したアスベストの総量は約一〇 〇〇万㌧。うち七割以上が建材に使われました。現場の作業員にフィルター付きの防塵マスクが普及したのはわずか七~八年前。簡易マスクが主流で、「作業を すれば粉塵を浴びるのは当たり前」という雰囲気でした。国が、罰則も含めたマスク着用義務づけと警告表示を怠ってきた結果です。
「アスベスト被害は建設労働者なら誰しも避けられない」と、同訴訟統一本部の三宅一也事務局次長は指摘します。現場では様々な職種の作業員が入れ替わり 立ち替わり作業し、他職種の作業で発生した粉塵に曝露するのです。
吹き付け作業では、直接アスベストを扱う人は完全防護でも、離れたところや階下で作業する人は防護していません。配管や配線作業では吹き付けられたアス ベストをはいで行うため、粉塵を吸い込みます。リフォームや清掃でも作業のたびに粉塵が舞い上がります。こうして建設作業員への曝露が広がりました。
最大の職業病を上回る
日本の石綿輸入のピークは、一九七四年とバブル期の八八年の二回です。欧米諸国が七四年以 降、石綿の代替化をはかり、使用量を減らしてきたことと対照的です。アスベスト疾患は、曝露から二〇~四〇年の潜伏期間を経て発症するため、今後数十年に わたり健康被害が発症することは確実です。
近年は、毎年約一〇〇〇人が、アスベスト疾患(中皮腫、肺がん、じん肺の一種である石綿肺、びまん性胸膜肥厚、良性石綿胸水)で新たに労災と認定されて います。さらに約一〇〇〇人が石綿救済法による認定を受けています。いずれも半数が建設労働者で、最大の職業病と言われたじん肺をはるかに上回ります (図)。
アスベスト疾患は、完治しない、進行性である、心臓など他の臓器にも影響を及ぼすという特徴があります。提訴から四年で七九人が亡くなり、提訴時に遺族 原告だった人と合わせると原告団の六割超が遺族となっています。
民医連や保険医協会などの医師を中心に学習会が行われ、石綿被害の読影や職業歴の聞き取りなどの研修が重ねられています。同時に、「診断だけでなく、労 災認定まで結びつけることが大事。患者の生活保障をどうするかを支援する医療機関が必要です」と三宅さんは強調します。低単価で働かされた一人親方や零細 事業主の救済制度での給付は月一二万円程度の場合も多く、遺族にいたってはその半分。「被害を受けたうえに、裁判費用すら捻出できないほどの貧困にあえい でいる」のです。
アスベスト被害をできるだけ小さく見せ、救済の範囲を狭めたい国やメーカーとのたたかいでも、「医師の役割は大きい」と三宅さん。すでに、労災認定を却 下された患者の死後、解剖して被害を証明するなどのとりくみの結果、認定が増えてきた地域も。三宅さんは、「医療機関の皆さんにも、患者の立場に立ち、一 緒に国のやり方に異論を呈し、変えていってほしい」と話しています。
(民医連新聞 第1540号 2013年1月21日)