フォーカス 私たちの実践 認知症へのアプローチ 福井・つるが在宅総合センター「和」 ぬいぐるみとの触れ合いが利用者の思いを引き出す
第一一回看護介護活動交流集会では、介護現場からの創意工夫をこらしたとりくみが注目を集めました。福井・つるが在宅総合セン ター「和」(なごみ)の介護福祉士・村上博昭さんは、ぬいぐるみを利用することで、不安定だった利用者が落ち着いて療養できるようになった経験を報告しま した。
当施設のショートステイには、ひざの上で抱えられるほどの大きさの白い犬のぬいぐるみがあります。このぬいぐるみを介してコミュニケーションが難しかった認知症の利用者が精神的に安定したばかりでなく、思いも引き出すことができました。
Aさん(九〇代、女性)が初めてショートステイに来た時は緊急利用でした。そのためか、初日は緊張した面持ちで、他者と自分から積極的にかかわる様子は ありませんでした。夕食後、食堂の隅にあった犬のぬいぐるみを見つけ、「昔、犬を飼っていたが、死んでしまった」と涙ながらに話しました。以前参加した看 介研で聞いた、人形やぬいぐるみで利用者の気持ちが和み、コミュニケーションがとれたという実践報告を思い出し、「一緒に寝ますか?」と声をかけてみまし た。するとAさんは嬉しそうな表情で「はい」と。いっしょに寝てもらいました。
その夜は良眠され、翌朝もぬいぐるみを抱く姿が見られました。Aさんの表情は前日にショートステイに来た時とは違ってとても穏やかで、笑顔も出ました。 ぬいぐるみが飼っていた犬とそっくりで、「Bちゃん」と飼い犬の名前を呼び、日中もぬいぐるみを抱きながら笑顔で過ごしていました。
その後も表情が固い時には、ぬいぐるみを手渡して声かけをすると、笑顔で返事をしたり、ぬいぐるみを本物の犬のようにあやしたりして遊ぶ姿が見られました。
他の利用者にも
他の利用者にもぬいぐるみを見せてみました。中には「犬は好かん」という人もいましたが、「昔、犬を飼ってたわ」と懐かしそうに言う人もいました。
一定の反応があったので、日常的にぬいぐるみとの触れあいを導入しようと、食堂のよく目立つ場所にぬいぐるみを置くことにしました。その結果、複数の利用 者がまるで本物の犬のように触れ合ったり、難聴のため他者とのコミュニケーションが困難な利用者がぬいぐるみに話しかけるなどの様子が見られました。この 方の思いを、ぬいぐるみとの会話の中で知ることができました。
帰宅願望が強かった利用者が、ぬいぐるみとの触れ合いで落ち着いて気持ちよく過ごせたり、中には退所日に、職員よりもぬいぐるみに別れの挨拶をする人も いました。特に犬好きの高齢者にはぬいぐるみの存在が癒やしとなり、精神的安定につながっています。
スタッフの一員
職員が話しかけることで知る利用者の一面と、語らないぬいぐるみに語りかけているのを見て知る意外な一面。その両方を知って初めて、その人の人間性を理解できるのだと思います。
「カルテなどからの事前情報」「聞き取りによる情報」「職員の声かけ・対話」は、言語的コミュニケーションです。一方、「ぬいぐるみと利用者の触れ合い・ 語りかけ」や「触れあいで見せる表情」などは非言語的コミュニケーションのひとつだと考えます。
この非言語的コミュニケーションで、今まで以上に利用者を知ることができました。カルテや聞き取りだけでは分からなかった、利用者の生活史や好み、表情 などの情報を得ることができ、介護をする上でも大事なものとなりました。
いまや、ぬいぐるみに助けられる場面は日常的にあり、当ショートステイの「スタッフの一員」です。その後、大きめのウサギのぬいぐるみも導入しましたが、白い犬のぬいぐるみの方が人気です。
ぬいぐるみにはスタッフの一員として今後もがんばってもらいたいと思います。また私たち職員もぬいぐるみに負けず、利用者の心のささえになれるよう、笑 顔があふれ「来て良かった」と思えるショートステイをめざします。
(民医連新聞 第1537号 2012年12月3日)