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民医連新聞

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相談室日誌 連載360 患者さんの自己決定を尊重するということ 田中陽子(福岡)

 Aさん(八〇代、独居男性)は転倒して骨折したことをきっかけに当院に入院しました。離婚歴があり、家族とは連絡をとっておらず、唯一の知人は「Bさん」という人のみでした。
 病室に面談に行くと、Aさんは開口一番「知り合いに通帳を騙し取られた。二、三カ月連絡が取れない」と話します。聞くと、その知り合いとは一日おきに面 会に来ているBさんのことでした。通帳はBさんが預かっているものの、金銭管理はきちんと行われていました。
 Aさんのつくり話か、認知症か? 認知症の判断基準となる長谷川式スケールの評価は二三点。物忘れは多少あるものの、しっかりしています。しかし、Bさ んが面会に来ない日には、お金を「騙し取られた」と繰り返します。
 その一件もあり、Bさんからは「お金の管理は荷が重い、本人には兄弟がいるのでお願いしてほしい」と相談がありました。しかしAさんの兄弟からは「本人とは縁を切っている」と断られました。
 一方、骨折の経過は良好で退院をすすめていくことに。Aさんは地域福祉権利擁護事業(日常生活自立支援事業)が利用できないため、成年後見制度も検討し ました。しかしその間に認知症がすすみ、自宅での生活は困難になっていきました。
 Aさんは、当初施設入所を希望していましたが、急に「施設には行かず家に帰る」と言うようになりました。施設見学の約束をしても翌日には忘れている、と いうことの繰り返しで、日を追うごとに退院を望む気持ちも大きくなり、静止がきかなくなりました。
 地域包括支援センターも介入しましたが、本人の意向がはっきりしている以上、施設入所や介護サービスの導入を強制することもできず、結局、自宅に退院となりました。
 本人の希望とはいえ、安心・安全な療養環境を確保できないままの退院になり、もっとできることがなかったのか、とても心残りです。
 MSWの援助の根本には倫理基準の「自己決定の尊重」があります。このことについて改めて考えさせられるケースとなりました。

(民医連新聞 第1536号 2012年11月19日)