なぜAさんは死を選んだか 生活保護改悪が追い詰める
政府が生活保護制度の「見直し」をすすめています。制度はじまって以来の大きな動きになる可能性がありますが、厚労省から提示さ れた案には、基準額の引き下げをはじめ、稼働可能年齢層への就労指導の強化など、気がかりなものが並んでいます。民医連で働くSWに本紙が行った緊急アン ケートでも、生活保護基準引き下げに「反対」という意見が九九%超(別項)。日々相談活動にあたる専門集団の答えは明確です。またこの見直し方向の先にど んな事態が待っているのかを示すような事件も、前号(11月5日付)で報告されています。生活保護申請を却下された患者さんの自殺です。見直しを通してい いのか? 事件は問いかけています。(木下直子記者)
「夫は死にました」。ある都市でSWとして働く山川さん(仮名)が、受け持ち患者のAさんを自宅に訪ねると、予想もしなかった言葉が。そんなにも急に病状が悪くなったのか、と驚く山川さんに、Aさんの妻は「自殺だった」と話しました。
困窮して治療もできずに
山川さんがAさんに会ったのは、この日から一カ月半ほど前のことでした。無料低額診療制度の利用を希望し、来院した人でした。片腕のしびれや言語障害を 発症し、それまで就いていた調理の仕事を辞めざるを得ませんでしたが、そんな状態でもいっさい受診はせず、半年間がまんしていました。国民健康保険料を滞 納した制裁で、手元に資格証明書しかなかったからです。資格書での受診は一〇割の医療費をいったん窓口で支払わねばなりません。Aさんはいわゆる無保険状 態でした。
状況を聞きとると、親子三人が月一〇万円に届かない息子さんのアルバイト代で暮らしていたと分かりました。住まいは借家。生活保護基準を完全に下回る水準です。
山川さんはAさんの支援方針を生活保護を利用して治療や生活再建を目指す、と決めました。
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ところが、申請した生活保護の決定が、法定の二週間を超えても出ません。Aさんを診た医師 は「就労は無理。入院加療が必要」と診断しましたが、Aさんは「申請結果が出るまでは」と、入院しませんでした。生活保護が受けられなかった場合に発生す る、医療費の自己負担を心配したようです。通院で治療は始めましたが、その支払いができないことも、本人は気にしていました。
申請から五週間たっても結果は来ず、Aさんの不安は募りました。山川さんが福祉課に問い合わせても、「教えられない」という対応。その翌週、福祉課に問い合わせの電話をしたAさんに、却下が知らされました。Aさんが自宅で首を吊ったのはこの数時間後です。
カレンダーの裏紙に、家族への走り書きを遺していました。行政担当者と生活保護バッシングの標的になったお笑い芸人への怒りも記していました。山川さんがAさん宅を訪問したのはこの二日後のことでした。
正式な却下通知は、Aさんが亡くなった三日後にようやく郵送されてきたそうです。理由はひとこと「稼働能力の不活用」。Aさんの妻に就労を求めるものでした。
「Aさんの世帯は、どう考えても生活保護が認められなければならないケースでした。まず一家を困窮から救い、治療を保障して、就労や自立の手立てをすべ きだった」と、山川さんは行政の対応の問題を指摘します。しかも妻には面談もしないまま、機械的に「就労意欲がない」と断定していました。
制度改悪で起きる事態示す
Aさんの遺族は山川さんがすすめた不服審査請求には踏み出せませんでした。周囲やマスコミの眼を恐れたためです。そして、いまも無保険状態のまま、生活保護基準以下の生活を続けています。
山川さんは、遺族の支援を続けつつ、事業所として行政に改善を求めたり、生活保護制度の改悪に反対していこうと考えています。「バッシング報道で、生活 保護=恥というイメージがここまで強化されていなければ、Aさんも死を選ぶほど追い詰められなかったはず…それは、遺書の文面からも読み取れます。Aさん の死は、政府がすすめようとしている生活保護の制度見直しの先に、どんな事態が待っているかを語っていると思うのです。日本の貧困をもっと深刻にし、自殺 や餓死に至る人たちを防ぐどころか、増やすことにしかなりません」。
本紙緊急アンケート
生活保護基準引き下げ SW集団は「NO」
政府が検討中の「生活保護基準の引き下げ」。現場ではどう受け止めているのか? そこで本 紙は民医連で働くSWに緊急アンケートを呼びかけた。質問は、基準引き下げへの意見とその理由、生活保護の運用などを巡って最近悪化したと感じることの有 無など。29都道府県の事業所から197人が回答した。
●生活保護基準引き下げには「反 対」が99%超と圧倒的。理由には「現在の基準額でも不十分」「ボーダー層がもっと救われなくなる」「生保より低い年金や最低賃金を上げることが先」な ど、日々接する生活保護受給者や相談者の実態を代弁するものが多かった。また生活保護基準が最低生活の「ものさし」として各社会保障制度、最低賃金などと 連動することをあげ「国民生活全体の低下になる」との指摘も続いた。
●「生活保護の運用が厳しくなったと感じたことがあるか」との問いには55%が「ある」と回答。その内容は「申請が難しくなった」が最多の45%、「受給者の医療や介護内容への介入」が35%、「廃止や打ち切りが多い」22%など。
●バッシングの影響や、受診時の交通費(移送費)不支給という告発も。福祉事務所CWの質が低下したとする記載も少なくなかった一方、担当件数が多すぎるなど、そのおおもとにある自治体リストラにも目を向けて共同しよう、との発信もあった。
【STOP基準引き下げの緊急署名を呼びかけています】
(民医連新聞 第1536号 2012年11月19日)