生活保護改悪案はどこまできているか “いのちの最終ライン”守ろう 生活保護問題対策全国会議 小久保哲郎弁護士の講演から
政府は来年度予算で生活保護基準の引き下げを狙っています。同時に制度そのものの見直しも検討中。改悪案の特徴や影響について、小久保哲郎弁護士(生活保護問題対策全国会議事務局長)の講演から考えます。
改悪の方向性は
社会保障審議会に設置された「生活保護基準部会」と、困窮者対策と生活保護制度見直しを総合的に検討する「生活困窮者の生活支援の在り方に関する特別部 会」で生活保護の見直し(生活支援戦略)が検討されています。厚生労働省が両部会に出した案は、生活保護バッシングや社会保障改革推進法などの流れに乗 り、厳しい内容です。
《生活支援戦略》
生活支援の在り方に関する特別部会で出された困窮者支援策には評価できるものもありますが、セットで出された生活保護制度の見直し案には、露骨な給付抑制策が並びました。
▼就労可能な者に集中的な就労支援をし、三カ月でめどがたたなければ、本人の希望に添わない仕事でも就職を優先、嫌な仕事でも遠方でも「引っ越して行け」 と指導され、場合によっては転居費用も公的に出す。厳格に運用されれば保護廃止の制裁につながる恐れもあります。
▼過去に保護を受けていた稼働年齢の者が再再度の申請をした場合、審査を厳格化。市長会などからの要望をのんだ形です。「困窮者の過去は問わない」という 現行の生活保護法の考え方(無差別平等原則)が、勤労を怠ったり、素行不良の場合は受給資格なし、としていた旧法の考え方に逆戻りする恐れがあります。
▼資産や収入だけでなく、何にいくら使ったか、支出状況を調べる「調査指導権限の強化」も。過去に生活保護を受けた人とその扶養者も対象。一度でも生活保 護を使えば当事者や親族は一生監視されることを意味し、「生活保護=恥」のスティグマをさらに強めます。
▼受給者と扶養義務者に「健康管理の責務」「保護費管理の義務」を課す、という項目も。病気や障害などで家計簿がつけられない人でも「責務を果たしていない」とみなされ、保護打ち切りも起きかねません。
他にも▼福祉事務所が必要と認めた場合、扶養困難と回答した扶養義務者に理由の説明義務を課す▼住宅扶助費の代理納付の促進▼不正受給返還金と保護費の調整(天引き)制度、などが盛り込まれています。
《生活保護基準》
生活保護基準部会に厚労省が出したとりまとめ方針は、年齢別、世帯の人員別、地域別の消費水準について一般低所得世帯「第1十分位」(国民の所得を一〇 段階に区切って一番低い世帯)と比較する、としました。保護基準がこの階層より上なら基準引き下げに。多人数世帯や都市部の基準が下がる可能性が高いで す。
第1十分位との比較は問題があります。生活保護捕捉率がわずか二~三割の日本では、所得の最下層の消費が生活保護以下なのは明らかで、この手法では際限 なく最低生活基準を下げることに。水準均衡方式という現行の生活保護基準の定め方とも矛盾します。厚労省は〇七年にも同じ提案をし、否定されています。
基準引下げ影響深刻
生活保護基準の引き下げは、受給者の保護廃止や収入減だけでなく、保護を受けていない層へも影響します。「ナショナル・ミニマム」である生活保護基準を下げれば、国民の最低生活保障の水準が引き下げに。
まず最低賃金が下がります。最賃はその地域の生活保護基準を上回る額にせよと法律で定められています。ですから生保基準が下がれば、最賃の引き下げにな る地域も出かねません。そしてそれは、労働条件全般に波及します。他の低所得者施策へも軒並み影響します。地方税の非課税、国民健康保険の保険料・一部負 担金の減免、介護保険の保険料・利用料の減額、障害者自立支援法の利用料の減額、就学援助の給付などの利用基準は、例えば「生活保護基準の一・二倍」とい う風に設定されているからです。
岐路に立つ日本
生活保護が改悪されれば、間違いなく餓死や孤立死、犯罪が増えるでしょう。今年起きた餓 死・孤立死事件は、札幌の姉妹など報道されただけでも、すでに二桁に達しています。「年金や最賃より保護費が高いからその基準を下げる」という議論がおか しい。生活保護が増えるのは、高齢者施策の不備や低賃金の不安定雇用しかない「労働の劣化」が原因です。
アメリカでは新自由主義的政策のもと、いま日本で起きているような福祉バッシングを機に、九六年の福祉改革で「Work first」(就労第一)を旗 印に「個人責任・雇用機会調整法」が成立。(1)生活保護は権利から「契約」に、(2)稼働層の受給期間は生涯で五年まで、(3)労働の義務を課し小さな 義務違反でも制裁、(4)生活保護を減らせば、連邦政府が州政府に出す補助金を増やす―など。受給者の指紋を取り保存する独自施策をとる州もあります。
徹底した抑制政策とあわせ、福祉制度については聞かれたことしか教えない「ライトタッチ政策」も導入。結果、生保受給者は九五年から〇一年で六割減。九 五年に八割だった捕捉率も〇二年には五割を切りました(※日本では捕捉率二~三割をさらに削ろうとしているから恐ろしい)。
一方、スウェーデンでは社会サービス事業は、個人の自己決定権と尊厳に対する尊重を基礎としており、金銭給付とケースワークは権利で、「財政を理由に給付を制限してはならない」と
の理念で運営されています。
日本はどんな社会にすすむのか、岐路に立っています。社会保障を底抜けにする最初の生け贄(にえ)として、最後のセーフティーネットである生活保護制度 が狙われています。これは憲法二五条を解釈改憲するようなもので、次の標的は医療や社会保障全般です。改悪を許さず、生活保護が増える本当の原因に目を向 け、金のあるところから税金をとり、ないところに送る所得再分配機能の強化へ、最前線のたたかいが生活保護分野で行われています。
年末の予算編成に向け一一月末か一二月始めに報告書が出ます。一二月中旬の予算編成に向け世論を大きくすることが必要です。「STOP生活保護基準引き下げ緊急アクション」を始めました。多くの人の参加を呼びかけます。
(木下直子記者)
(民医連新聞 第1535号 2012年11月5日)