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民医連新聞

民医連新聞

シリーズ 働く人の健康 ~職業歴をきく~ 患者さんの働き方を知ることはその人生と疾病の理解につながる

 民医連は「生活と労働の視点で疾病をみる」ことを大事にしています。しかし近年、患者さんの職業や働き方、これまでどんな仕事を してきたのか(職業歴)などの聞き取りが少なくなっている、との指摘があります。民医連の事業所で職業歴の記載率は三割という数字も。改めて、なぜ職業歴 を聞き取ることが大事なのか、考えます。(丸山聡子記者)

 「たくさん聞くんですねぇ」。東京・立川市にある相互歯科では、患者さんに驚かれることが よくあります。同歯科では、所長と歯科衛生士長も入った「初診・急患チーム」を作り、初診・急患の患者さんは、必ずチームの問診を受けるようになっていま す。問診の内容は、基礎疾患から家族構成、仕事、歯科の既往、友の会に入っているか…などなど。なかでもブラッシング習慣と食生活、生活習慣について重視 しています。
 「口の中の状態とその人の生活習慣は切っても切り離せません。なぜ患者さんが今の状態に至ったのか、患者さんの実態に迫ることを追求しています」と衛生 士長の相曽訓子(あいそのりこ)さん。同歯科に配属されたスタッフは、最初の研修で「初診・急患チーム」の問診を学びます。患者さんとの会話を重視するよ うになり、新たに聞き取った患者さんの情報は、カルテに積み重ねられていきます。「誰が見ても、その患者さんの状態がわかるカルテ」が合い言葉です。

疾病の背景は

 何度指導してもブラッシングができない患者さんに聞くと、ダブルワークで深夜も働き、疲れ果てて歯を磨かずに寝てしまう、炎天下で土木作業をしているた め、糖分の入った清涼飲料水を一日に何本も飲む…などの背景が分かることも。「ときには一方的な歯科指導になってしまい、患者さんから『わかってるよ、で もできないんだよ!』と言われ、職員が気付かされることもある」と相曽さん。
 さらに重視しているのが、定期的に口腔内の写真などを記録することと、カンファレンスです。治療が中断しがちな“良い方向に変化しない患者さん”も、カ ンファを行い経年変化を追うと、「三年前よりは状態が良くなった」「こういう働きかけはどうだろう」と多角的に患者さんを捉え、治療の糸口が見えることも あります。
 岩下明夫所長は、「聞き取りを重視する中で、“気になる患者”がいれば、すぐに職員間で話題にのぼるようになりました。最近では、三〇~四〇代の働き盛 りで歯科にかかりにくくなっている。正社員は長時間労働で、非正規の人は貧困とダブルワークなどの疲労から、です」と話しています。

全日本民医連 労働者健康問題委員会

田村昭彦委員長に聞く

雇用が崩れた今こそ

 疾病を考えるとき、原因が分からなければ、治療も再発防止につなげることもできません。患者さんがどんな働き方をしてきたのかは、「原因」の大きな一つです。
 疾患によっては原因から発症まで潜伏期間が長く、仕事が原因でも、発症は退職後ということが多々あります。ですから職業「歴」が重要です。
 私たちは患者さんの長い人生の凝縮された一断面を見ているに過ぎず、時間軸を重視しなければなりません。高度経済成長期だったのか、公害が多発していた時期なのか…。働き方は時代背景と密接にかかわるからです。
 私にも苦い経験があります。ホームレスの人にアスベスト被害が多く、労災認定にかかわりました。複数の人が原発で働いた経験を持っており、その過酷な労 働について繰り返し語り、放射線管理手帳を見せてくれた人もいます。しかし当時はアスベストで労災を取ることを中心に考えていて、原発での労働についてよ く聞こうとしなかった。今になって、患者さん自身の人生を受け止めるという姿勢が欠けていたと痛感しました。
 最近は若い患者さんにこそ「働き方」を聞く必要性を感じています。以前は職業を聞けばある程度イメージはつきました。今は「電器の量販店で働いている」 だけでは分かりません。派遣社員で一年で契約が切れる、休暇も取れない…ということがあるからです。
 「働き方が変だ」と感じ始めたのは一〇年ほど前。四〇歳ぐらいの寿司チェーン店店長が受診しました。店長とは名ばかりで、売り上げが上がらなくても高額 の上納金を要求され、早朝から深夜まで働き、一年半で休んだのは二日だけ、心身ともに限界でした。
 このとき、自営業者や店長といっても自由ではなく、過酷な働き方を強いられていると知りました。その患者さんは後に「先生に『休め』と言われなければ、 自分では歯止めがきかなかった」と話していました。以来、今より半歩踏み込んで、「どうして?」「なんで?」と聞くことを心がけています。
 働き方を知ることは、その患者さんの人生や疾病を理解する手段そのものです。

(民医連新聞 第1534号 2012年10月15日)