シリーズ 働く人の健康 ~化学物質を扱う~ 「胆管がん多発」の報道から労働環境を考える
大阪市内のオフセット校正印刷会社で、「胆管がん」を発症する従業員が相次ぎ、同様のケースがないか、厚生労働省が実態調査に乗 り出しました。因果関係は未解明ですが、印刷業界では危険性の高い化学物質が使用されています。化学物質を扱う職場の実態と、医療機関での対応を考えま す。(丸山聡子記者)
問題は、胆管がんで死亡した元従業員の遺族から相談を受けた産業医科大学の熊谷信二准教授(労働環境学)が明らかにしました。
校正印刷とは、本印刷の前に試し印刷をし、色や字句の誤りがないか確認する作業で、少ない枚数を印刷しては機械を洗浄し、また印刷する…を繰り返しま す。熊谷准教授の調査では、同社の校正印刷部門で一九九一~二〇〇三年の間に一年以上働いていた男性従業員三三人のうち、少なくとも五人が胆管がんを発 症、うち四人が死亡していました。日本人の平均的な発症率の六〇〇倍。いずれも二五~四五歳の発症でした。その後、報道機関などの調査で計一二人の発症、 七人の死亡が確認されています(七月六日現在)。
原因のひとつとして疑われているのが、「ジクロロメタン(慣用名:塩化メチレン)」と「1・2―ジクロロプロパン」という化学物質です。機械を洗浄する 有機溶剤に含まれており、動物実験では発がん性が確認され、人体への影響も示唆されています。
報道等によると、作業をしていた部屋は換気が十分ではなく、防護マスクの着用もありませんでした。元従業員は「部屋に入ると強い臭気がして、鼻の奥が痛 くなった。吐き気をもよおす人もいた。手袋もせず、洗浄剤をドボドボと大量に使った」と証言しています。作業台の隣には、揮発性の高い洗浄剤が蓋を開けた まま置かれていたといいます。換気やマスク着用などを求めたものの、改善されませんでした。五〇人以上の事業所に義務付けられている衛生委員会の設置もあ りませんでした。
日本は甘い化学物質規制
中小の化学産業の労働者で組織する化学一般労働組合の堀谷昌彦委員長は、「作業の細分化が すすみ、以前は大手の会社の一部門だった校正印刷などは外注に出されるようになった」と指摘します。請け負うのは中小零細企業が多く、化学物質の知識のな い従業員も増えているといいます。
「単価は買いたたかれ、『何銭』という単位。数をかせぐために、早く機械を回そうと洗浄剤を大量に使ったのでは。この会社に限らず、安全は後回しで利益 を上げるのに必死の中小業者は多い」と堀谷さん。業界では、メーカーが原因と疑われる洗浄剤の安売りを始めています。規制を見越して「早く売ってしまお う」というのです。
◆
危険な化学物質が使用される背景には、日本の化学物質管理政策の甘さがあります。EUでは安全性が確認されてから流通する仕組みですが、日本では危険が判明するまで何の規制もありません。
国内で使われている化学物質は約六万種類(図)。その発がん性を確認する機関は国内に一つしかなく、結果が出るまで に最低五年はかかります。また、特定の物質の危険性が判明して規制されても、すぐにそれに代わる別の化学物質が作られます。成分や毒性はほとんど変わら ず、「規制されていない」という理由で出回るのです。
堀谷さんは、「使用する物質を代えても、いたちごっこ。化学物質を使用する以上、体への悪影響は避けられない。換気や防護マスク・手袋の着用など、曝露を抑えるルールが必要」と警告します。
化学物質を扱う仕事は印刷業だけではありません。職業に起因して発生するがんは患者全体の五~一〇%にのぼるとの疫学研究がありながら、ほとんど解明さ れていません。労災認定されるのは年間わずか一〇〇件程度。今回のケースでも、労働に関連して発症した可能性を知らず、労災申請の期限(死亡から五年)を 過ぎている人も。救済のあり方が問われます。
胆管がん患者の職歴確認を
こうした現状を踏まえ、医療機関にできることは? 全日本民医連・労働者健康問題委員会の田村昭彦委員長は、「委員会でも対応を検討していますが、まず現場では、胆管がんの患者の職歴を早急に確認する必要があると考えています」とコメントしています。
(民医連新聞 第1528号 2012年7月16日)
- 記事関連ワード