シリーズ働く人の健康 ~バス運転手~ 過酷な働き方が身体を壊し 過労死は通常の5・8倍に
大型連休中、関越自動車道で夜行の高速ツアーバスが防音壁に激突し、七人の命が失われました。運転手の居眠りが原因とみられてい ます。その後、次々と「運転手は日雇い」「違法な名義貸し」「夜行も運転手は一人」などの実態が明らかに。そこで働く人たちはいま、どうなっているのか ―。
「働かされ方は過労死ラインを超えています。まともに暮らせる給料ももらえず、安全運行は 保たれていません」。バスやトラック、タクシーの運転手で作る全国自動車交通労働組合総連合(自交総連)の菊池和彦書記次長は言います。転機は二〇〇〇 年。小泉首相(当時)がすすめた「構造改革」の一環で、航空や鉄道など交通機関とともに、バス業界も大幅な規制緩和が断行されたのです。
バスには「乗合(路線)バス」と「貸切(観光)バス」があり、従来、高速バスは停留所設置などコストのかかる乗合バスが地方を結んできましたが、規制緩和で貸切バスが参入。貸切バスは、バス五台と駐車場さえあれば開業できるように。運賃も自由に決められます(資料1)。 「陸援隊」のような貸切バスの小規模事業者が急増し、旅行業者のツアーを請け負っています。運転手は観光地の駐車場などで休憩します。旅行業者の値下げ要 求に応じなければ仕事はもらえません。人件費をギリギリまで削り、通常七~八年で買い換えるバスを一〇年、一五年と走らせる会社も少なくありません。
今回の事故でも、東京―金沢往復の公示運賃(国土交通省が公示。罰則なし)三五万六五〇〇円のところ、実際は一五万円で受注。低コスト競争の結果、運転 手の賃金は年五三八万円から三八六万円へ二八%も急落しました。
赤信号でも体が動かず
「安全運行」にはほど遠い運転時間や人員配置の基準で、運転手は健康をむしばまれています。
「何しろ眠たいんですわ」。二二年間、貸切バスに乗務してきた松下末宏さん(自交総連大阪地連書記次長)は言います。「私も、赤信号が見えているのに体 が動かなかった経験があります。今回の事故の直前にも高速で三件のバス追突事故が起きていますが、いずれもブレーキの跡がありません」
現在、運転手一人が一日に乗務できる距離は六七〇km。厚生労働省の「運転時間は二日平均一日当たり九時間」の定めをもとに割り出された数字です。
「二日平均で一日当たり」という規定もくせ者で、一日六七〇km以上走っても翌日休み、平均で六七〇km以下になればOK。「一泊か二泊が普通だった大阪―岐阜・白川郷の往復も日帰りが増えた。一日で往復八〇〇kmを一人で運転するのです」と松下さん。
乗務の間の休息時間として厚労省が定める「継続八時間」も実態に見合っていません。通勤や食事などの時間を引けば、睡眠は五時間程度。小規模事業者の多 くは、車体の洗浄・清掃・整備などは乗務後の運転手の仕事で、サービス残業になることが多いのです。二〇時間近い実労働時間の後、一~二時間の仮眠で次の 乗務に向かうことさえあります(資料2)。
総務省の調査(〇九年)では、約九割が運転中に睡魔に襲われたり居眠りの経験をしており、運転中のヒヤリハットは九五・六%!
過酷な運行の結果、脳梗塞や心筋梗塞など運転手の健康要因による重大事故は、規制緩和直後の〇一年の五件から、一〇年には三九件に(図1)。バス・タクシー運転手の過労死認定率(脳・心臓疾患による)は全雇用者平均の五・八倍です(図2)。
「四人の同僚が在職死しています。二人は運転中。『車で休む』と言い残し、運転席で冷たくなっていた仲間もいる」と松下さん。
運転手の非正規化もすすみ、無保険の運転手も。体をむしばまれ、医療にすらかかれません。
自交総連は、増える在職死に財政が圧迫され、死亡一時金の額を引き下げざるを得ませんでした。
自交総連では、「一人で運転できる距離を五〇〇kmにし、これ以上は二人体制に、運転は一日七時間以内、拘束は最大一三時間、休息は継続一一時間にすること」を国交省に求めています。
国土交通省の監査の職員は三二〇人。「バス、タクシー、トラック合わせて一二万の事業者がいるので、監査は事故が起きた時に入るのがやっと。監査体制を 強化しない限り違法な運行は起こる」と菊池さん。無法な発注をする旅行業者への取り締まりも急務です。
(丸山聡子記者)
(民医連新聞 第1526号 2012年6月18日)
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