相談室日誌 連載349 自殺しようとしたAさん やり直しの「きっかけ」に 趙 理明(ちょう のりあき)(東京)
「やっと新しい住まいも見つかり、生活も落ち着いてきました。どうもありがとう」。
Aさん(六〇代男性)からの電話を受けたのは、Aさんが退院してから約半年後のことでした。Aさんはタクシー運転手をしていました。リーマンショック以 前は三〇万円前後の月収がありました。しかし徐々に生活は苦しくなっていきました。特に、東日本大震災以降の数カ月は収入が激減し、最高時の三分の一以下 に。数年前に患ったがんの後遺症がありながら、病院に行けなくなりました。数年前からの難聴が仕事にも災いし、うまくいかないことも増えてきました。満足 に成績を上げられないこともあって、「この仕事は続けられない」と思い詰め、十数年勤めた会社を退職します。
その後は預貯金を切り崩して生活し、家賃を支払えなくなった段階で、「もう死ぬしかない」と思い詰め、自宅を出たのでした。
約一カ月、首つり用のロープを持ち、死に場所を探して放浪したAさん。ロープを木にかけ死のうとする、思いとどまる、を何度も繰り返したといいます。そ して、当院近くの路上で倒れているところを発見されたのでした。
話せないぐらいに衰弱していたAさん。救急入院となり、生活保護申請を手伝いました。数日後、彼は言いました。「家賃が払えなくなった時にはもう死ぬし かないと思った。でも一カ月ぶりに病院の飯を食べた時に思った。『うまいなあ』って。こう思うってことはさ、やっぱり死にたくなかった、ってことなんだよ ね」と。
Aさんは元気を取り戻し、地元に帰っていきました。冒頭の電話は、保護基準で借りられるアパートを見つけて引っ越し、ようやく生活が落ち着いたところだ、という報告でした。
Aさんのように、「ちょっとしたきっかけ」で廻っていた歯車が狂いだすと、もうやり直せないと思い詰めてしまう。「そう考えさせる風潮」があるような気 がしてなりません。でも、Aさんのように、それこそ「ちょっとしたきっかけ」があれば、やり直すことは必ずできます。その貴重な「きっかけ」の役割を、こ れからも私たちは果たしていきたいと思います。
(民医連新聞 第1525号 2012年6月4日)
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