第2弾、発表 『歯科酷書』が訴えること
全日本民医連歯科部では「歯科酷書」第二弾を発表します。二〇〇九年に発表した第一弾は、貧困による口腔内崩壊の実態を告発した貴重な調査として、大きな反響がありました。(矢作史考記者)
今回は「無低診」の事例で
前回の歯科酷書で報告した口腔内崩壊の事例は歯科医師でも「こんなになるまで…」と思うほど深刻なケースでした。貧困の広がりを背景に、窓口負担が払えず受診を控える現象が歯科でも起きている事を明らかにし、国に保障を求める目的で発信しました。
第二弾の目的も同じです。第一弾との違いは、無料低額診療事業(無低診)を利用し、治療につなげた事例を収載した点。二八事例の経緯や背景をまとめました。
ここ数年、民医連の歯科でも無低診を開始し、現在二八カ所で行っています。二〇一一年度の実施件数はのべ五〇〇〇件です。経済的事情で治療が完結しない ケースも減り、「口腔内崩壊」に至る前に救えるという意味で大きな力を発揮しています。
報告された事例の中から特徴的なものをみてみましょう。
〈事例1…働き盛りの困難〉
三〇代男性。妻と五歳と一歳の子どもの四人家族で月収約一八万円、国民健康保険。
仕事は自動車解体業。仕事量により変動する不安定な収入です。他院で歯科治療中、窓口負担が払えず中断。知人に無低診を教えられ、受診しました。
歯周病は中等度、歯根が割れていたり、歯根しか残っていない歯が多数。治療継続中です。
働き盛り世代は、厳しい労働環境や経済的理由で、う蝕歯(虫歯)があっても治療できないケースが多いようです。
〈事例2…子どもの場合〉
親から子どもへ口腔崩壊が世代間で連鎖していた事例も。
頬をパンパンに腫らして緊急来院した四歳の男児。乳歯二〇本中一四本がう蝕歯でした。また、その母親も二七本中一五本の歯で要治療の状態でした。
家族は他に障がい児の兄。父親とは離婚して生活保護を受給している母子家庭です。母親は療育施設に通う長男につきっきりで、次男の歯磨きまで手が回ってい ませんでした。ひとり親家庭では、親自身も口腔内のケアが不十分で、子どもに歯磨きを習慣づけることも難しいことがわかります。
乳歯の段階で状態が悪いと、口腔内に虫歯菌が多い状態で永久歯に生え替わり、う蝕歯になりやすいのです。
窓口負担が受診を阻む
図1・2は、無低診利用者と全国平均のDMF歯数を比較したデータです。D(う蝕歯)M(喪失歯)F(治療済歯)の各合計数の年代別の平均値です。無低診利用者は、全国平均よりも若い時期に、治療が必要になる傾向であることがわかります。
また、三〇代の無低診利用者の喪失歯の割合は全国平均の三倍にも。歯は簡単に抜けません。状態が悪いまま、限界まで治療をがまんしていたことがうかがえます。
窓口負担が歯科の受診抑制に繋がっていることは、東日本大震災でも明らかに。被災者の窓口負担が免除されると、低かった宮城の歯科の受診率は大幅に伸び、全国平均を上回りました(図3)。
第一弾に続いて歯科酷書の編集に関わった塩冶(えんや)歯科診療所(島根)の庄司聖所長は「口腔内の問題が時に命に関わることもあると知らずにいて、来院 した時点で重症化していることが珍しくありません。口は消化管の第一歩です。噛めないことで誤嚥性肺炎を起こしたり、最悪の場合、歯槽膿漏から敗血症、細 菌性心内膜炎に至ることもあります」と。「無低診は緊急避難的対応。私たちの努力だけでは、多くの人の口腔内崩壊を防ぐことはできません。この歯科酷書 で、国の責任を明確にして、世論を動かしていきたい」。
全日本民医連歯科部では、歯科酷書を通して次の四点を行政に求める方針です。
1.国民健康保険法第四四条の減免制度を実効性のある制度にすること
2.高すぎる国保料の引き下げ
3.子どもの医療費無料化の拡充
4.無料低額診療事業への国や行政の支援を広げ、実施事業所を増やすこと
(民医連新聞 第1525号 2012年6月4日)