沖縄初の無低診からみた 基地がつくる貧困 沖縄協同病院
在日米軍基地の七四%が集中する沖縄。基地撤去や新基地建設反対のたたかいが県内で繰り広げられていますが、基地は貧困問題も生 み出しています。沖縄医療生協は一昨年一〇月から、沖縄県で初めて無料低額診療事業(無低診)を始めました。ここから見える沖縄の貧困とは―。六月には県 議選もあり、沖縄のすすむ道が注目されています。那覇市の沖縄協同病院(二八〇床)を取材しました。(新井健治記者)
六八歳のAさん(女性)は昨年六月から半年間、沖縄協同病院で無低診を利用しました。那覇市内で飲食店を経営していましたが、両膝を痛め休業。収入は国民 年金のみで、同院で手術を受けたものの入院費を払えなかったからです。無低診で治療する間に、担当SWの島袋真菜美さんがAさんの身体障害者手帳を申請。 今は重度心身障害者医療費助成制度を使い、自己負担なしで糖尿病と高血圧を治療しています。「無低診も助成制度も知らなかった。相談して本当に助かりまし た」とAさん。
同院は四人のSWが無低診の相談に応じています。島袋さんが担当したケースに、四人の子どもを養う高血圧の男性がいました。月収一〇万円前後で生活保護 も考えましたが、車を持っていることを理由に申請を受理されずにいました。島袋さんは「沖縄は公共交通機関が整備されておらず、車なしでは仕事もできな い」と怒ります。
県内で無低診を導入したのは沖縄医療生協が初めてで、法人内の二病院、四診療所が実施しています。二〇一〇年一〇月から一二年三月まで、のべ三七九七人 が利用し、沖縄協同病院では二二六五人でした。生活保護課やホームレス支援団体から毎月二~三件の紹介が続き、減る気配はありません。
同院の赤嶺守一事務次長は「無低診を始め、あらためて低所得世帯の多さを実感しました。沖縄は血縁や地縁が強く、生活保護を申請せずに親戚や友人を頼っ て生活している人が多いのですが、そうした人たちが、いざ病気になると医療費を払えない」と話します。
貧困ゆえの悪循環
同院は無低診の申請があると、毎月第二、第四月曜の判定会議で審査し、適用を決定します。 判定委員会委員長の伊泊(いどまり)広二医師(副院長)は「利用者は、五〇~六〇代で脳血管障害が多い。貧困ゆえ過度の飲酒に走り、その結果、障害が残っ て仕事ができなくなる悪循環です」と指摘します。
無低診を使ってきちんと治療するとともに、諸制度を使って生活の立て直しもめざしますが、なかなかうまくいきません。人目を気にして生活保護に消極的な 人が多く、また、就職先も限られています。「無低診がその場しのぎになっていないか、葛藤しています」と伊泊さん。「患者さんの健康を守るためには、社会 を変えるしかない。民医連外の人たちや行政とも協力し、使える社会資源を増やしたい」と話します。
経済効果の高い跡地利用
同県では戦後から安定した雇用基盤を築けませんでした。米軍施設のほとんどが、人口や産業の集中する沖縄本島にあり、しかも敷地は利用価値の高い平坦で交通の便の良い場所に集中。米軍基地は県民を事故や事件の危険にさらすだけでなく、こんな側面からも苦しめています。
県内の失業率は七・二%と全国で最も高く(資料参照)、 一五~二四歳では一五・八%にも。貧困ゆえ離婚率が高く、片親の家庭も目立ちます。「もともと厳しい経済状況に、構造改革が拍車をかけた」と沖縄県社会保 障推進協議会の新垣潔事務局長。「本土では数年前から貧困や格差が注目され始めましたが、沖縄には戦後からずっと存在する問題です」。
「基地が無くなったら、沖縄経済は成り立たない」との意見もありますが、県民総所得に占める基地関係収入は一九七〇年代の三分の一の五・三%まで低下。 那覇新都心のように、基地跡地を利用して公共施設や商業施設を作った方が、経済効果が高いことが分かっています。
県の調査でも、普天間基地が返還され県民生活に使った場合、三万二〇九〇人の雇用効果があると試算。これは現在の基地関係従業員二〇七人の一五五倍にも。
新垣さんは「自立した雇用基盤をつくるためにも、基地は撤去するしかない。六月一日告示の沖縄県議選が、沖縄の未来を決めるうえで大切です」と話します。
(民医連新聞 第1523号 2012年5月7日)