新春 インタビュー 輝いた綱領の真価 藤末 衛 全日本民医連会長
新年が明けました。二〇一一年を振り返り、第四〇回総会を迎える二〇一二年の展望を、全日本民医連の藤末衛会長に聞きました。
震災から見えてきたこと
東日本大震災では、発生翌日から五月末まで全国からのべ一万五〇〇〇人の職員が支援に入りました。今も心のケアや除染ボランティアなどの活動を続けています。
民医連綱領前文には「生活と労働から疾病をとらえ、いのちや健康にかかわるその時代の社会問題にとりくんできました」とあります。地域に問題が発生した 時、すぐに「地域に出る」のは民医連の日常活動の基本ですが、これが震災の時にも生きました。
まず「地域に出る」ことが必要でした。そして今何が重要かを見極め、支援活動を組み立てる。民医連の蓄積が力を発揮しました。
民医連は急性期の医療支援に引き続き、長期戦を見越した介護や生活にかかわる支援が必要だと考え、泥だしや家の片付け、除染ボランティアなど、共同組織の皆さんとともにとりくんでいます。
福島第一原発事故と被ばくの問題では、民医連の医師とスタッフが、長年の被爆者医療の経験、最近では原爆症認定集団訴訟に証人としてかかわり、内部被ばくについても告発してきた経験を活かして活動しました。
福島では、生まれ育って仕事を営んでいる場所を簡単には離れられないという圧倒的多数の人や、避難指示により集団避難した人、また生活の見通しがなくて も、やむにやまれず県外避難した人もいます。すべての人に寄り添い、支援することが必要です。全日本民医連理事会が昨年一〇月に出した「原発事故、大規模 環境汚染のもとにある住民の健康を守るための基本方針」は、これまでの活動に基づき、現地の福島県民医連と力を合わせて長期に活動するための指針です。
私は一九九五年の阪神大震災を現地で経験しました。犠牲者の多くは建物の下敷きによるもので、防災対策といえば耐震が中心でした。東日本大震災では津波 で犠牲が出た。地震発生から津波が来るまでの間に徹底的に避難できていれば、亡くなる人はもっと少なくてすんだ可能性があります。子どもや障がい者、高齢 者、いかに素早くいっしょに避難できるか、今後の防災の重要課題として浮かび上がったのではないでしょうか。
地域医療の復旧では、国や県は今、内陸部に高度医療をできる病院を作り、沿岸部の中小病院の集約化を考えています。ひどい医師不足の中で救急医療を守る ことは重要課題ですが、住民の身近に保健・医療・介護を支えるプライマリケア体制が土台として重要だったのが、この高齢地域での震災の教訓ではなかったで しょうか。まず住民に寄り添う診療所や介護事業所、保健師の活動の復旧・復興を応援し、そのために必要な病院機能を検討するという順番が大切だと思いま す。
政治の情勢と民医連
小泉政権が推進した構造改革は、貧困と格差を拡大し、その結果、国民は二年前に政権交代を実現し、民主党政権が誕生しました。しかし、民主党は「マニフェスト不履行」となり、国民を裏切り続けています。
生活保護受給者は約二〇六万人となりました。第二次世界大戦後の混乱期を上回る数字です。若者の半数以上が不安定就労で、次代を担う人たちは先が見えま せん。こうしたなか、野田首相はマニフェスト不履行の口実に、不況による税収不足と国会のねじれ、そしてこともあろうに東日本大震災を挙げました。被災者 の傷に塩を塗るような言動は、許せません。
震災復興には「人の復興」が大事です。阪神大震災後は大量の復興資金が投入され、高速道路や港が再建され、それまでなかった空港までできた。政府は人の 復興より産業社会の復興を優先したのです。東日本大震災後の「人の復興」のために、住居とともに生(なり)業(わい)の復旧、再建が大切です。震災で浮き 彫りになった日本社会の構造的な問題を明確にし、解決の道を示すことこそ求められています。
政府は「社会保障・税一体改革」をすすめています。これまで社会保障のための消費税増税だと言っていたのに、一体改革は消費税を上げて社会保障も切り下 げ、給付を今より減らすというもの。震災が示した教訓は、それとは逆で、医療・介護・保育だけでなく労働にも視野を広げた社会保障を権利として確立、充実 させることだったのに、です。
阪神で都市型地震を経験した私が東北に行って、大変さの反面素晴らしいと思ったのは、三世代が一緒に暮らし、牛がいて畑があり、海で漁をする、という生 活のあり方でした。家族や地域のつながりを大事にした生活スタイル、中央政府の構造改革路線に抗して地産地消のシステムを作ってきた自治体も存在する。 GDP増大一辺倒の産業社会のあり方を見直し、復興や今後の日本のあり方を考えるヒントを見た気がしました。
原発の問題では、若い親たちなど、社会運動にかかわったことのない人たちがたくさん個人参加していますが、今後の運動のあり方を考えるキーになると思います。
二年前の前総会で半世紀ぶりに綱領を改定しましたが、震災前で良かったと思っています。前綱領では明記していなかった「憲法が基軸」だと書き込まれ、共 同の営み、介護の位置づけ、安心して住み続けられるまちづくり、権利としての社会保障の実現、平和と環境を守ること、多くの個人・団体と手を結ぶ…。震災 支援の活動が、綱領の実践そのものだったと思います。
「健康権」を軸に
震災にとどまらず、この数年間で、貧困と格差の拡大は、健康問題に大きく影響していることが実証されました。健康に生きるには、病気の治療だけでは足りず、働き方や社会のありようが大きくかかわってくる。
「健康権保障」とは、障がいを抱えた人も含め、その人が到達しうる最高の健康状態を基本的人権として保障するというもので、WHOが創立以来提案し続け ている世界の常識ですが、日本ではそうなっていません。「健康権」の視点に立つと、今後のすすむべき方向がすっきりと見えてきます。
たとえば原発。日常診療を必死にしていても、原発が一基でも爆発すれば命と健康に取り返しのつかないことが起こるとわかった。「健康権」を学び、民医連 の事業と運動の重要な視点と位置付けることは、受療権はもちろんのこと、環境を含めた健康を決定する社会的な要因に迫る活動をすすめる土台となるでしょ う。
誰にでも健康に生きる権利があると、法的にはっきりさせることで、それをささえる医療や福祉を担う人の健康に生き、働く権利も保障されるべきものとなります。
日弁連は昨年の人権擁護大会で、「希望社会実現のため、社会保障のグランドデザイン策定を求める決議」をあげました。震災の年に日本の弁護士団体が、基 本的人権を守るには社会保障が主役だと明確に打ち出した意義は大きく、私たちと響き合うものです。
「健康権」実現のとりくみは、すでに私たちの実践の中にあり、昨年の学術運動交流集会でも、貧困や民主的集団医療、地域でとりくむ認知症ケアなどについて交流されています。
「健康権」保障という観点を医師が具体的に意識することで、より全面的に患者さんと向き合う診療活動ができるようになると思います。困難は多いがプライ マリケアの原点を実感できる被災地に残り、「ここでやっていきたい」という若い医師が生まれています。この動向に希望を感じています。
「健康権」を軸に、人のために学び、生きがいを持って働く、その場が民医連の事業所だということに誇りが持てる、そういう方針を二月の第四〇回総会で示したいと思います。
今年、強めたいこと
東電やすべての電力会社が自らの責任を自覚して行動するという姿勢があまりにも弱いと思い ます。政府も「エネルギー政策を見直す」と言っても、菅内閣の時に閣議決定した「原発を一〇基増やす」ことをいまだに変更していません。私たちの運動で、 明確にエネルギー計画を変えさせないといけないと思います。全日本民医連理事会が昨年一〇月に出した「基本方針」(前出)のもと、全国でその実践がすすめ られています。
福島はもちろん、東京でも「子どもの鼻血が止まらない」など、不安な日々を送っている親がたくさんいます。「鼻血は放射線とは関係ないよ」と簡単に言っ てしまってよいのか、よく考える時だと思います。被災者や住民に寄り添い、不安についても、ともに考え行動する、いま必要な記録をつけて、今後に備えるな ど、未知の問題に対する医療人としての姿勢が問われています。
「因果関係が証明されていないことは無視する」という態度が、水俣病の被害を拡大したことは歴史的な事実です。二〇〇一年に欧州環境庁が発行した『遅す ぎた教訓』には、予防原則に基づかないことによるアスベストや放射線被害の拡大について記載されています。放射線の晩発性障害についての長期にわたる調査 とケアを、被災地はもちろん、全国各地に避難している人々に対してもとりくむことが求められています。
民医連「医療・介護再生プラン」のバージョンアップを考えています。企業の責任を明確にし、財源論にも一歩踏み込みたい。大企業の健保組合や共済の保険 料を協会けんぽ並みの負担にすれば一兆円以上の財源が生まれるという試算もあります。「まちづくり」と「健康権」をしっかり柱に据え、大企業への減税はそ のままに消費税増税を狙う政府に対し、大企業と富裕層の保険料アップと公費増での財源論を打ち出したい。
二月の第四〇回総会をひとつの議論の場に、震災も踏まえて、住み続けられるまちづくりの中での医療・介護のあり方を創造的に発展させたいと思います。二 〇一二年もいっしょにがんばりましょう。(聞き手・丸山聡子記者)
(民医連新聞 第1515号 2012年1月2日)