消費税アップは仕方ないのか? 社会保障と税の一体改革をよむ
新 内閣が発足しました。首相になった野田佳彦氏は国会の所信表明で「社会保障と税の一体改革」で消費税増税法案を二〇一二年三月までに提出したいと表明。 「社会保障のために使う」って言ってるし、「財源が無い」とも聞く。消費税が上がってもしょうがない? ダメダメ、これはとんでもない提案です。全日本民 医連拡大社保委員長会議(八月二九~三〇日)での相野谷安孝さん(中央社保協事務局長)と、神戸女学院大学の石川康宏教授の講演から、「一体改革」のねら い、とくに消費税の問題についてみてゆきます。(木下直子記者)
社会保障の原則を破壊
相野谷安孝・中央社保協事務局長の話
六月三〇日に政府・与党が決定した「社会保障と税の一体改革」の本音は税制改革で、最大の狙いは消費税増税です。税率一〇%化の具体的な時期は「二〇一〇年代の半ば、(遅くとも二〇一六~一七年)まで」とされました。
■消費税では社会保障良くならず
「社会保障が良くなるなら増税も仕方ない」という声も出ます。でも、消費税率を上げても、社会保障は良くならないのです。
今回の増税計画を作った与謝野馨氏は「消費税を上げた分は財政再建に使う」と主張しつづけてきた人。麻生内閣時代からの議論や財務省の試算からも、消費 税率五%増の分を中心的にあてるのは財政再建です。次に地方、そして復興財源と差し引いていくと、社会保障には最大でも一%=二・五兆円ほどしかまわりま せん。
社会保障費の毎年の「自然増」分の規模が一兆数千億~二兆円ですから、消費税増税は、社会保障をいま以上に良くする財源には決してならないのです。
■迫られる究極の選択
しかも「一体改革」の成案には「将来は社会保障(公費分)の主な財源を消費税にする」と書いてあり、これが大問題なのです。
「将来」を、日本の高齢化がピークを迎える二〇二五年で想定してみましょう。厚労省の予測では、同年の社会保障給付費の総額が一五一兆円で、必要な公費 が六一兆円。この公費分を消費税でまかなう場合…税率は二四・四%!
消費税は低所得者ほど負担率が重い、という性質の税制です。これを「主財源に据える」ということは【能力に応じて負担し、必要に応じて給付する】という 社会保障の原則を破壊すること、貧困や格差拡大の問題をさらに悪化させることにつながっていきます。
また、この「消費税の社会保障目的税化」は、「社会保障を良くして」と国民が要求すれば、政府は「分かりました。では消費税率を上げます」という。また は、「消費税イヤだ」と国民がいえば、政府は「分かりました。では社会保障は、ガマンしてください」という、究極の選択を迫る最悪の財源計画なのです。
いま消費税一〇%を許せば、その後は一五%、二〇%と、十数年で引き上げられてゆきます。
震災で景気が落ちこんでいる中での増税計画は景気悪化をさらに招きます。中小企業には、壊滅的な打撃になり、医療経営にも大増税です。だからいま、消費税増税を許してはいけません。
政府は社会保障をどう変えたいのか
「一体改革」成案は、保育から介護まで社会保障の給付削減と負担増を打ち出しました。見事に財界の要望を反映したものです。医療と介護を中心にみてみます。
*診療報酬・介護報酬改定…来年は同時改定。外来の規制や平均在院日数の短縮に向け、かなり報酬に手を加えると思われます。
*医療介護の法整備…病床や介護の入所数の削減がねらわれています。削減に向け「基盤整備」という名の計画が出るでしょう。
*医療保険制度の改正…国保の都道府県単位化。そして、大きいのは「受診時定額負担」で三割の窓口負担に加え、当面一〇〇円程度の負担を加える内容です。受診回数の多い患者には負担ですし、最初は一〇〇円でもそれが二〇〇円になり五〇〇円になるのは火を見るより明らかです。
*社会保障番号制…秋の臨時国会での提出がねらわれていま す。個人単位で税と保険料の「出」と「入り」を管理する目的。たとえば「あなたは保険料をこの額しか払っていないから、治療もこの程度でがまんを」「健診 で喫煙を注意されてもやめませんでしたから、肺がんで医療費を使うのはおこがましい」といったことも起こりかねません。
改革の多くが来年三月までの法案提出をめざして動いています。
あわせて、社会保障の理念に関しても、「社会保障を使いたければ会費を払え」という【参加保障】や【普遍主義】【安心に基づく活力】(三つの理念)など 憲法二五条と相反するものが出ています。福田政権の社会保障国民会議や、麻生政権の安心社会実現会議などで確認されてきたものと同じです。この秋の大運動 の中で、この社会保障の理念についても断固拒否の声を広げましょう。
■なぜ日本には「財源がない」のか?■
消費税率アップの話をする前に、どうして「日本に財源がない」といわれるようになったか、 について。「根本問題は、税収の減少」と、石川康宏教授は指摘する。過去20年間、日本の税収は減少し、政府の借金(=国債発行額)は1998年頃から増 加。消費税は1997年に3%から5%に増税された上、所得税などの控除も撤廃、庶民の税負担は明らかに増えているのに。右図1は、税目ごとの税収の変 化。所得税はピーク時の半分以下、法人税も減少し、消費税収の順位が上がっている。
大企業や大金持ちの納税額を引き下げ、その埋め合わせを消費税で行うのが財界や政府が目指す方向。左図2は所得別の税負担率。所得税収入が減っているの は最高税率が70%(1986年)から現在の40%にまで大幅に引き下げられたため。また、株などの収入には10%しか課税されないなど金持ち減税がさま ざまある。
法人税収が減ったのも、大企業向けには優遇税制があるためだ。ちなみに、大銀行は決算で2000億~4000億円のもうけがありながら、法人税はゼロ (2010年)。大企業の内部留保は98年~08年で2倍に急増(財務省「法人企業統計調査」)、本当は財源はある。
■日本の消費税は低いのか?■
「日本の消費税はヨーロッパと比べても低い」―。消費税増税の必要性がのべられる際によく 出る話だ。経団連などは「5%はきわめて特異」とまでいう。欧州諸国の標準税率は15~25%で、比較すると確かに日本の消費税率は低い。しかし、「この 話にはカラクリがある」と石川康宏教授は指摘する。欧州でも生活必需品には高い消費税がかかっていない。たとえば消費税率20%のイギリスでは表の通り。 この結果、日本の国税に占める消費税の割合は約25%で、現在でもイギリス(約24%)やイタリア(約28%)並み。日本の消費税は低くない。
また、欧州の社会保障財源は消費税を中心にまかなわれているという事実もない。日本と欧州各国の財源を比較すると(図)、「事業主保険料」と「その他の 税(所得税と法人税)」の拠出割合が欧州では高い。欧州の社会保障は企業とゆとりある個人がしっかりささえている。
「増税で地域医療崩壊」
日本医師会主催セミナー
「消費税は医療機関に大きな負担。このまま消費税率が上がると、地域医療が崩壊しかねない深刻な状況になる」―。医師会と四病院団体は市民公開セミナー「医療と消費税」を主催し、こう報告した(八月二一日開催、参加者一八〇〇人)。
医療機関は薬や建築、医療機器の購入に消費税を払っているが、医療費は消費税非課税のため、そのまま医療機関が負担する(損税)。年間の負担は一般病院で数千万円、大学病院では三億六〇〇〇万円。
また、パネリストの一人・税理士の船本智睦さんの報告は、参加者に衝撃を与えた。消費税導入から医療界全体で負担した消費税は総額六兆円。関連して失わ れた生産額を試算すると一七兆円になる、というもの。船本さんは「増税と景気回復は両立しない」と消費税増税を批判した。医療界も消費税増税を認めていな い。
(民医連新聞 第1508号 2011年9月19日)