相談室日誌 連載332 信頼関係を築くには? 今も考えていること 井谷真由美(三重)
Aさんは六○代の独居男性です。腹痛を訴えて、精査のため当院に入院しました。診断は胃がん。「転移性肝がんで病状が悪い」というのが医師の見立てでした。
今後の相談のためにAさんに家族のことをたずねると「連絡先を知っているが、今までずっと迷惑をかけた。どこにも連絡してほしくない」と言ったきり、口 を閉ざしてしまいました。その後、何度かAさんと面談しても、仕事以外のことは何も話してくれませんでした。
Aさんの病状は日ごとに悪化し、話すことさえできない状態になりました。キーパーソンが見つからず、医療費や身元引受人など、今後の相談先がないため、 津市役所の福祉課に相談。Aさんの子どもさんたちと連絡をとることができました。
連絡がつき、三人の子どもさんが病院へ着いた時には、Aさんは息を引き取った後でした。しかし、子どもさんたちは「最後に父に会えて良かった。一生懸命 治療をしてくださったこの病院に入院できたことをありがたく思っています」と話しました。
Aさんはかつて仕事でできた借金の支払いが困難になり、弟さんが肩代わりするなど、金銭面での問題があったと、この時家族から聞きました。娘さんはそん な父親を心配しながらも、一生懸命仕事をする後ろ姿を尊敬していた、とのことでした。
家族が涙する姿に、「せめて、生きているうちに会ってもらいたかった」と思いました。そして、家族の再統合のあり方についても改めて考えさせられました。
SWとして、患者さんの意志を尊重しながらどうしたら良いのか、ベストの道をいっしょに考えていくには、信頼関係が欠かせません。そしてその信頼関係を築くには、一定の時間が必要です。
今回のケースは進行性の病気だったため、私と患者さんとの信頼関係を作るための時間が限られていました。私はAさんに対して、どのような関わりをすべき だったのか、今も考え続けています。Aさんがくれた課題です。
(民医連新聞 第1505号 2011年8月1日)
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