1500号感謝特集 「民医連新聞のお仕事」 新人(やはぎ・やすまる)記者リポート
民医連新聞は今号で1500号を迎えました。全国の仲間をつなぐ「絆」として1963年の創刊から48年と少し。ささやかな感謝を込めて、編集部に入りたて矢作・安丸2人の記者が、民医連新聞のお仕事をリポートします。
民医連新聞ができるまで
民医連新聞 DATE 発行日 第1・3月曜 |
【企画を立てる】
まず、ここが出発点。全日本民医連が課題にしている運動面の動きや職員に知ってほしい社会問題、現場の仲間から寄せられたイイ話、などから取材計画を立てていきます。
【取材をする】
人物インタビューや事業所のとりくみなど、取材の種類により記者の動き方は違いますが、話を聞き写真を撮り、大忙しです。
【原稿づくり】
取材で見聞きしたことをもとに書きます。簡潔で読み手に分かりやすい文章に、何度も直します。
依頼した原稿も編集します。
【入稿】
記事、写真、見出しを紙面にレイアウトする作業。読者の目を引きつける紙面にしなければ!
印刷会社から原稿を取りに来る塚原さんの姿にドキドキ。
ここに皆さんからの通信も合流!!
【校正】
校正紙(ゲラ)を見て、誤字、脱字をチェック、色の調整などの作業を行います。
【印刷】
校正後は、あかつき印刷の出番。一号分でこの大きな「巻紙」一つ・約一トンを使うそうです。
【できあがり】
こんな流れで、民医連新聞はみなさんの手元に届けられています。編集メンバーは、矢作・安丸の2人に加え、ベテラン・新井健治記者(「俺の写真は高倉健 さんに」と主張し、却下された)、編集長・木下直子(28歳関西人、年齢詐称疑惑アリ)の4人で作っています。「あなたがいないと始まらない」のが民医連 新聞。
1501号からもよろしゅう!
がんばります!
安丸雄介…27歳 福岡の健和会大手町病院から4月1日に配属されました。6面と8面担当です。 |
矢作史考…25歳 3月1日から編集部に配属され、現在は主に3面と7面を担当しています。青森の八戸医療生協小規模多機能ホーム「みなみるいけの家」で介護職員(社会福祉士)をしていました。 |
発行責任者 長瀬文雄事務局長
民医連新聞には職員のドラマがある
いま民医連の職員は全国一七六六事業所で八万二〇〇〇人を超えています(〇九年時点・非常勤職員含む)。民医連新聞は、それらの職員向けに発信され、OB・OGなどにも読まれています。
創刊号は一九六三年一月でした。その一面には、北海道勤医協の看護学生の写真。紙面の企画は「地理的な離島があっても命に離島があってはならない」をス ローガンに設立された鹿児島の離島・奄美診療所と北海道の農村・黒松内診療所の看護師たちの紙上討論です。「北海道の職員が奄美の活動を知り、奄美の職員 が北海道の活動を知ることができる」、民医連新聞はそんなふうに命を守る民医連医療とたたかいの経験を共有できる職員の唯一の情報源として、全国の職員の 心をつなぎたいとの思いで出発しました。
民医連新聞の魅力は、まさに職員のドラマが記事に凝縮されていることにあります。私は講演で新聞の情報を使って報告しますが、会場から「リアルな報告 だ。どこで知ったのか」とよく質問をされます。通達文書のように一方通行に伝えるのではなく、毎朝の朝礼などで良い記事を読むなど、ぜひ職場全体で共有で きるように活用してほしいと思います。
また、忙しい職場の現状も考え、八年前に紙面サイズをタブロイド版に変え、読みやすく簡単に持ち運べ、ホッとする話題もとりいれて、内容も含めて刷新を めざしました。発行も一、一一、二一日の月三回から、第一・第三月曜の月二回へと変え、職場の流れに合うよう努力しています。
また、紙面は編集部の記者だけでなく、全国の通信員が寄せる記事で作られており、読者も活躍する双方向型のものです。これは今後さらに発展させていきたい、民医連新聞の持ち味です。
民医連職員の心をつなぐのが民医連新聞です。ささやかでもよいのでぜひ通信を寄せて下さい。
通信や情報は全国の仲間へ発信され、宝になります。民医連新聞をみなさんの職場での奮闘の確信と勇気にしてほしいと思います。
(民医連新聞 第1500号 2011年5月23日)