国保 崩壊を止めなければ 県単位化の危険性とは
重い保険料や滞納制裁など、いまでさえ問題の多い国保ですが、さらに社会保障の機能を果たさない保険に変えられる危険性が強まっています。国民健康保険の都道府県単位化(広域化)方針を政府が打ち出したからです。(木下直子記者)
絶えない手遅れ死亡
搬送翌日死亡した乳がん女性
秋田・中通総合病院に昨年末、こんな事例がありました。
担当医・草彅芳明医師の報告 |
一一月二三日 五九歳の女性。公共施設のトイレで意識を失っているところを発見されました。 一一月二四日 前日は補液を中心に対処したが乏尿のまま。検査値は、著しい低蛋白血症、肝機能障害、高アミラーゼ血症、横紋筋融解症と急性腎不全、炎症反応高く、低血糖、貧血など異常値が際立ち、多臓器不全の様相でした。 |
短期証と空の財布
同院SWの田中誠さんが、まだ意識のあった女性から、お金がないことや、家賃を滞納していることなどを聞きだしました。〇九年七月まで調理師をしていたが失業。離婚して一人暮らしで二人の息子さんたちとは音信不通、ほかに身よりはいませんでした。
生活保護申請の意思も確認し、福祉事務所へつなぎました。しかし生活保護課のケースワーカーが面接に来た一時間後に、女性は亡くなりました。初診からわ ずか一日で死亡するがんのケースは、手遅れと呼ぶ以外ありません。
所持品から、財布と短期保険証が出てきました。「財布は空っぽで、一円玉さえ入っていませんでした。短期保険証ですから、国保料も滞納中です。そんな人 が三割の窓口負担が必要な医療機関に行けるとは思えない。息子さんの携帯番号のメモもありましたが、かけても不通でした」と、田中さん。
草彅医師は「本人には何の罪もありません。経済大国といわれながら、国民に冷たい政治の究極の結末を見せつけられた気がしています」。
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同院では二〇一〇年、この患者さんのほかに三件の手遅れ死亡に遭遇しています。いずれも失業中や不安定雇用の五〇代で、経済的に問題を抱えていた人たちでした。
医療費抑制策が根本に
全日本民医連では、保険証がなかったり治療代が払えないなど、経済的理由で受診をがまんし、手遅れ死亡した事例を加盟事業所から集め、発表しています。〇五年から始め、毎年二ケタの事例があります。
全日本民医連はこの問題を、「保険料(税)や患者負担が重すぎるため起きている」と指摘。「滞納への制裁措置をやめ、救済措置の徹底を。国は社会保障費を 抑制せず、国民皆保険にふさわしい制度に」と、提言しています。
国保加入世帯の平均所得は、ほかの保険と比べて最も低いのです。制度発足直後は、自営業者や農林水産業従事者が加入者の中心でした。今は無職者の割合が増加、〇七年には五五%を占めます。
一方で国保の保険料負担は最も重く、被保険者一人あたりの年間平均所得約九五万六〇〇〇円に対し、保険料平均は八万五〇〇〇円余、所得の八・九%にも。「協会けんぽ」や「組合健保」の負担の倍以上になります(厚労省〇八年国保実態調査)。
所得二〇〇万円、子ども二人の四人家族の保険料が五〇万円、という自治体も(大阪・寝屋川市)。
この結果、保険料滞納は四四五万世帯(二一%)、収納率は八八%で九〇%を割る「制度始まって以来」の事態です。
滞納が増えると財政悪化を理由に保険料が上げられ、ますます滞納が増えるという悪循環。しかし、国保財政が悪化した発端は、政府が八四年から国保への国 庫負担を減らしてきたことにあります(図)。他の保険と違って事業主負担がない国保は、公費でささえるのは当然です。
滞納の「制裁措置」で正規の保険証をとりあげられ「短期証」になっているのは一二〇万世帯。窓口で一〇割負担の「資格書」が約三一万世帯になっています(〇九年六月)。
保険料値上げ、制裁強化
小泉構造改革から出発
昨年八月には国保の「都道府県単位化(広域化)」が提言されました(高齢者医療制度改革会議「中間とりまとめ」)。新しい高齢者医療制度の開始後、現在、市町村で運営している国保を、県単位に統合しようという内容です。
「いま起きている国保の問題は、国が社会保障費を抑制してきた結果ですが、都道府県単位化は、さらにこの流れを強めるものです」と、中央社保協事務局長の相野谷安孝さんは指摘します。
都道府県単位化で懸念されるのは、(1)市町村が国保財政の赤字補填や保険料の上昇を抑えるために行っていた一般会計からの繰り入れをやめ、大幅な保険 料値上げにつながる、(2)住民運動などで勝ちとった市町村独自の減免制度が、統一化で失われる、(3)収納率向上が追求され、機械的な制裁措置が強ま る、などの点です。
すでに現在「保険料」「減免制度やその基準」「収納率」の三点を県内で統一する準備の「支援計画」づくりがほとんどの県ですすめられ、その影響で、保険料値上げや差し押さえの強化も目立っています。
「構想は〇三年の小泉構造改革から出発したもの。国民皆保険の根幹をなす国保を、保険料収入中心に運営する民間保険のような形に、徹底してつくりかえる 準備です。都道府県単位化の先には、協会けんぽや組合健保と国保を『一元化』するねらいがあります。つまりは、企業が保険料を負担する根拠も、公費の責任 も薄め、社会保障としての国保をなしくずしにするものです。『給付と負担の公平』というかけ声で追求してきた究極の公的医療費抑制のしくみが完了するわけ です」
国保を地方選挙の争点に
中央社保協は昨年一一月、東・西日本で国保改善運動交流集会を開きました。国保の全国集会は五月にも開いたばかりですが、「日本の社会保障の行方がかかった重大な問題」と、広域化を許さないたたかいを呼びかける場をもちました。
「春の統一地方選挙は、各地でとりくんでいる国保改善運動を地方政治に反映させ、国がすすめる社会保障抑制の流れを押し返すチャンスの時でもあります。 国保を地方選挙の大きな争点にすべく、運動をすすめる必要があります」(相野谷さん)
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国保の課題や各地での運動を、次号から連載します。
ひろがる無保険■失業■ ■留め置き■ 県単位化の影響■制裁強化■ ■保険料値上げ■ |
(民医連新聞 第1492号 2011年1月24日)