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民医連新聞

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生存権裁判 原告の思いは 「老齢加算復活・最賃1000円 実現するまで私は死ねない」

 民医連も支援している生存権裁判。「生活保護の老齢加算の廃止は違法」と、七〇~九〇代の原告一〇〇人が全国八地裁に提訴してい ます。六月五日には、支援を広げようと「生存権裁判を支援する全国連絡会」が東京でシンポジウムを行いました。これまでの裁判は、四地裁、一高裁で原告が 敗訴。六月一四日、福岡高裁では、「老齢加算廃止は違法」と、初めて原告が勝訴しましたが、被告の北九州市が原告の願いに背を向け上告しました。
(丸山聡子記者)

「あとの人たちのためにも」

 原告の中には、病気を抱え、裁判所まで足を運ぶことが困難な人も少なくありません。すでに十一人の 原告がこの世を去りました。東京の原告の一人、松野靖さん(75)は一〇年以上前から慢性気管支炎で、たびたび高熱が出ます。「仲間は、みな命がけです。 でも、老齢加算を復活させ、最低賃金一〇〇〇円を実現するまで、私は死ねない」と言います。「支援が広がり、気持ちは元気になった。支援してくれる人たち にも役立つ判決を勝ち取りたい」
 東京の青梅生活と健康を守る会の広瀬常雄会長は、「体のことを考えるとしんどいが、生活保護を受ける人、困っている人のためだから」と裁判に加わり、昨年亡くなった原告の思いを引き継ぎたいと言います。
 老齢加算は一九六〇年、「栄養費や暖房費、保健衛生費、社会的費用で高齢者には特別の需要がある」と認め、四〇年以上維持されてきました。
 しかし小泉政権(当時)は二〇〇三年、財政制度審議会や骨太方針で削減・廃止を打ち出しました。これまでのような「高齢者の特別な需要」や「最低生活が 維持されるか」という検討をせず、同年一二月には、削減・廃止を予算に盛り込みました。厚労省の専門部会が「高齢者世帯の最低生活水準を維持するよう検 討」との「とりまとめ」を出したわずか四日後の予算削減強行。まさに「削減ありき」でした。七〇歳以上に支給されていた月額一万七九三〇円(都市部)の加 算を、二〇〇六年三月までに全廃しました。
 こうした経緯について福岡高裁判決は、「受給者が受ける不利益を具体的に検討し減額幅が決定された形跡はなく、生活水準に配慮をするべきだという指摘も 検討されていない」と批判。支給額の二割分の廃止は「合理性を欠き、社会通念に照らしても著しく妥当性を欠いた」として、「違法」と判断しました。

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 生活保護基準以下の収入で生活している世帯は多数存在し、世帯構造によっても差が あります。単身世帯で43.9%、ひとり親世帯では過半数の52.1%が生保基準以下の貧困状態です。一方、捕捉率(保護が必要な人のうち実際に保護を受 けている人の割合)は、日本は7~20%と言われており(ドイツは87%、イギリスは85%)、多くの人が保護を受けられずに放置されています。日本の貧 困率は15.7%(2007年)でOECD30カ国の中で4位と高いにもかかわらず、必要な支援が届かない国となっています。

 

今に生きる「朝日訴訟」

 日本で最初に「生存権」について争われ、全国に支援が広がった裁判が、「人間裁判」とも呼ばれる 「朝日訴訟」です。当時、結核療養所で生活保護を受けていた朝日茂さんが、保護基準の引き上げを求めてたたかいました。五〇年前に出された一審判決(一九 六〇年、浅沼武裁判長)は、「憲法は絵に描いた餅ではない」と原告勝訴の判決を出しました。
 シンポでは、判決を出した三人の裁判官の一人、小中信幸弁護士(当時裁判官)が発言。判決を書くまでの経緯や現在の生存権裁判への思いなどを、初めて語りました。
 小中氏は、浅沼裁判長が、「憲法二五条が保障する生活とは人間に値する生活である」と繰り返し言っていたと紹介しました。朝日訴訟はその後、高裁、最高 裁で敗訴・終了したにもかかわらず、一審判決の趣旨は生かされ、生活扶助費は引き上げられました。原告の朝日さんが求めていたことが実現したのです。
 小中氏は、現在もこの一審判決が注目されているのは、「生活保護を必要とする生活困窮者が、実際には保護を受けられず、憲法二五条がないがしろにされているからでは」と警鐘を鳴らしました。

暮らしと関係深い生活保護

 東京地裁で証言に立った(二〇〇八年)佛教大学の金澤誠一教授は、「健康で文化的な最低限度の生活」とは、(1)人前で恥をかかずにすみ、(2)移動の自由があり、(3)社会生活を維持できる生活、と指摘しました。
 しかし、原告らの生活は、この要素を満たしていません。「兄の葬式のために友人に借金をした」「冠婚葬祭はお金がかかるので控えている。姪の結婚式も欠 席した」「電気代がかかるので、暗くなったら寝る」「夏でも入浴回数を減らしている」などです。民医連のSWたちの実態調査(二〇〇七年)が明らかにし、 裁判でも証拠とされました。
 原告らが求める「加算の復活」に対し、国は「(老齢加算は)逆差別になる」などと述べています。
 いま、生保基準より低い生活費しか得られない人たちが増えています。小泉「構造改革」によって激増しました。研究によって差がありますが、生活保護を受 けるべき生活水準で実際に保護を受けている人は七~二〇%程度に過ぎません。生保受給者の四~一〇倍もの人が困窮状態にあります。「加算は逆差別」という 言い分は、この人たちを貧困状態に放置する態度にほかなりません。

最低賃金にも連動

 生活保護基準は、最低賃金とも密接に関わっています。「ワーキングプア」と言われる、働いても年間 賃金二〇〇万円以下の労働者は、二〇〇二年の八五三万人から、五年後の〇七年には一〇三二・三万人へ激増。年収二〇〇万円というのは、時給一〇〇〇円で週 の所定労働時間を目一杯働いて得られる額に相当し、若年単身世帯の生保基準額にほぼ匹敵します。「最低賃金一〇〇〇円」は当然の要求です。最低賃金法には 生活保護との整合性が明記されています。生保基準の引き下げは最低賃金を抑えることにつながります。
 引き続く社会保障切り下げも、貧困を拡大しました。払いたくても払えないほどの高い国保料(税)が各地で問題になっていますが、減免基準は「生活保護基 準の一・三倍」などと規定されています。そのほか、介護保険利用料、公立高校の減免基準や就学援助の基準などにも連動しています。
 このように国民生活に直結する生活保護基準ですが、現行では、国会の審議なしに、厚生労働大臣が定めることになっています(生活保護法八条)。政府は、 老齢加算廃止で、まず高齢者をターゲットに生保基準を切り下げました。受給者の負い目を強め、社会保障削減による国民生活切り下げを推しすすめようとする 思惑が見え隠れします。
 「生存権」裁判は、暮らしや労働の改善、医療・福祉の充実を求める多くの人たちとの連帯をつくるたたかいになってきました。

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(民医連新聞 第1480号 2010年7月19日)