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民医連新聞

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本当は怖い 健康格差社会 “勝ち組”だって安心できない 近藤克則さんに聞く 日本福祉大学教授(医師)

 貧困と格差が大問題の日本。経済格差は健康格差につながり、そればかりか「格差社会そのものが健康に悪い」ことが明らかになってきています。では「健康に良い社会」とは? その条件を研究中の日本福祉大学の近藤克則教授に聞きました。
(聞き手 佐久 功記者)

格差社会の害とは

 所得格差が健康格差につながっていることは直感的に理解しやすいでしょう。私たちの調査では、お金持ちの方がうつ病が少ない(図1)、要介護状態になりにくい、死亡率が低いことがわかっています。WHO(世界保健機構)から報告書が出ていますし、民医連の現場でも実感していることでしょう。
 実は、格差社会は所得の低い人だけでなく、所得がより上位の階層の健康にも良くありません。「勝ち組」だって職場で激しい競争や長時間労働を強いられ、強いストレスにさらされた結果、過労死や心の病になっています。
 また、格差社会では人びとのつながりが弱くなります。ソーシャル・キャピタルといって、職場や地域などでの人びとの信頼関係、結束力などが貧しいほど、 健康が悪いという研究報告が増えています。また、「自分が健康ではないと思う」人の割合が高いという報告もあります(図2)。
 ソーシャル・キャピタルが壊れた社会では犯罪が増え、失業などで絶望し、うつ病になって自殺に走りやすい。困っていても互いに助けることが減って社会から排除されやすくなってしまいます。
 そこに暮らす人びとのストレスを高め、中流層以上も被害をまぬがれない「不安社会」です。「勝ち組」の子どもがすべて勝ち組になれるものでもなく、非正 規雇用になったりする。多くの人を不幸にする「病んだ社会」と言えます。

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所得の再分配が弱いから

 なぜこんな社会になったか。社会保障を抑制したからです。社会保障は高所得者から低所得者へ所得を再分配する役割を果たしますが、それが弱くなっています。
 例えば保育も社会保障の一つです。お母さんが子どもを預けて働きたいのに保育所がない。母子家庭が貧困になりやすい理由の一つです。「子ども手当で保育を買え」というだけでは、不十分です。
 社会保障が弱い社会では、病気、障害、老齢、失業などのライフイベントに対応できない。多少のお金を持っていても乗り切れない。格差社会は、ホームレスなど一部の人の問題でなく、みんなの問題です。

格差も病気も自己責任じゃない

 生活習慣病という言葉が定着しています。タバコを吸ったり、運動しない、食べすぎなど、習慣が 悪いから病気になるのだから「本人が好きでやってる。社会がおせっかいをする必要はない。自己責任だ」という声が幅をきかせています。しかし実は、生活習 慣の違いの背景にも、社会経済的な要因やそこからくるストレスなどの要因が関与しています。
 生活習慣より職場のストレスの方が健康に悪影響があるという報告もあります。
 また、生まれてから成人するまでのライフコースを検討すると、いま貧困な人は、幼いころ親が離婚し、母子家庭だったり、塾にも行けず、学校の勉強につい ていけず良い就職先も得られず不安定雇用で、生活習慣が荒れてしまったようなケースが多いのです。
 野菜たっぷりのヘルシーな食事が良いに決まっていますが、お金がなかったら安い揚げ物の総菜で間に合わすことも増える。不健康になりやすくなる。社会や環境要因と健康の関係が解明されてきています。
 食べたいものをガマンできるのは、将来に希望があるからです。将来に希望がもてず、いま生きることで精いっぱいの人に、「一〇年後のために気をつけましょう」と言っても無理でしょうね。

健康な社会への処方箋

 では、健康に良い社会に転換するには何が必要でしょうか? まず、社会保障を厚くすることで す。医療費の窓口負担を抑えるなど保健医療政策を改善すること。何より社会・経済的な格差を縮めることです。不安定雇用を減らし労働条件を改善することが 必要です。ほか、教育や保育、住宅の保障など、多岐にわたる社会政策が必要です。
 「平等な社会は経済効率が悪い」「国際競争力が落ちる」「社会保障を厚くしたら働かなくなる」などという人がいます。
 しかし、もっとも所得格差の小さい北欧諸国の国際競争力は日本よりも強く、経済成長率も高いのが事実です。日本のように、多数の青年労働者が非正規だっ たり失業したりでは、能力を開発するチャンスもなく、マクロで見れば社会的な損失です。
 子どもや若者が教育・訓練の機会を保障されることは、将来の貧困を減らし、質の高い労働力を確保し、経済の発展にも望ましく、少子高齢化社会への対策にもなると思います。

健康権を要求しよう

 WHOがヘルス・プロモーションを提唱しています。そこでは「健康は人権」という立場から「各国が包括的な公共政策を確立すべき」とのべています。
 その宣言には、平和や環境、住宅、教育、社会的正義という言葉も出てくるのです。そのメッセージが日本には正しく伝わっておらず、狭く「健康増進のための教育・指導」ととらえる傾向があります。
 本来の意味に立ち戻って、人びとが健康を保持しやすい社会環境づくりをすすめる運動が大事ではないかと思います。その上では、アドボケイト(日本語に訳 すと「唱道、弁護、支持する」)が重要です。正しいことは黙っていても自動的に実現するわけではありません。あるべき論を主張することも大切です。それは ヘルス・プロモーションにおける専門家の大事な役割です。
 あるべき政策を要求していくこと、同時に、政策任せにしないで、自分たちがヘルスサービスを提供すること、それも大事なことなのです。
 昨年、日本国民は政権交代を選択しました。すでにヨーロッパ諸国では、健康格差対策に政府がとりくんでいます。今こそ、経済効率ばかりを追求するのをや め、「いのちの格差」をこれ以上拡大させない方向へ、日本も転換させたいものです。

【プロフィール】
臨床医をへて、現在、日本福祉大学教授、同大学健康社会研究センター長。日本リハビリテーション医学会専門医。千葉・船橋二和病院で診療も行う。著書に 『健康格差社会―何が心と健康を蝕むのか』(社会政策学会奨励賞受賞)など

(民医連新聞 第1477号 2010年6月7日)