小児のヒブ・肺炎球菌ワクチン 定期接種化いそげ 寄稿 武内 一さん (小児科医) (大阪・耳原総合病院/佛教大学社会福祉学部教授)
子どもの重症細菌感染症を防ぐワクチン接種を「誰でも公費で受けられるように」と親たちが運動し、民医連も署名に協力しています。早期実現の重要性を小児科医の武内一さんに寄稿していただきました。
小児の発熱で恐いのは
小児の発熱のほとんどはウイルス感染ですが、中に細菌感染が紛れ込んでいて、大きな問題となります。
乳幼児にとって頻度と重症度からみて最も問題になる細菌感染症は、(1)潜在性菌血症(原因のほとんどが肺炎球菌で、一部がインフルエンザ菌b型=ヒブ による)、(2)細菌性髄膜炎(原因の三分の二をヒブが占め、残りのほとんどを肺炎球菌が占める)です。
わが国では、肺炎球菌による菌血症だけで年間二万人近くにのぼります。三九度以上の発熱で受診した三カ月~三歳の児では、二五人に一人が菌血症に罹患し ています。八割以上は肺炎球菌が原因ですが、一部はヒブが原因で、高い頻度で髄膜炎に移行します。
ヒブ髄膜炎の死亡率は二~三%です。後遺症を残す率は一五~二〇%です。肺炎球菌の場合、死亡率は約七~八%にもなり、後遺症も二〇%と高率です。毎 年、ヒブと肺炎球菌による髄膜炎で数十人が亡くなっている計算になります(図1)。
早期診断が困難な髄膜炎
ヒブ髄膜炎では、細菌感染の目安になる白血球・好中球数、CRP値が発熱当日には上昇しないと いう特徴があります。髄膜炎の場合、発熱と嘔吐はよく見られる症状ですが、ふつうにかかるウイルス性胃腸炎とまぎらわしく、臨床症状と検査所見から鑑別す るのは、基本的に困難です。
一方、「細菌性髄膜炎から子どもたちを守る会」が実施した家族へのアンケートから、発熱三日目以降に治療を開始した場合、髄膜炎の予後が著しく悪いことが明らかになりました(図2)。
また、後遺症を残した児の家族から、発熱当日あるいは翌日に受診した際、医療機関から感冒や突発疹の可能性を示唆されたため、「治療開始が遅れた印象がある」という回答が複数寄せられていました。
さらに死亡例では、発熱翌日に亡くなっており、電撃的な経過が想像されました。
効果あるワクチン接種
欧米ではワクチン接種が普及したため、ヒブ感染症は完全に過去の病気です。肺炎球菌も同様で、 小児の髄膜炎だけでなく、高齢者の肺炎も大幅に抑制されるという間接効果が報告されています。また、特にヒブワクチンと小児用肺炎球菌ワクチンの普及に よって、血液内に菌が侵入する菌血症が激減するため、発熱を伴う重症細菌感染の発症率が大幅に低下します。すると、「緊急を要する発熱疾患」を心配する必 要性がほとんどなくなります。
つまり、二つのワクチンが定期接種になれば、小児医療の時間外受診などによる混乱が大幅に緩和されることになります。
世界で普及遅れている日本
ワクチンを普及する上で、厚生労働省が最大の問題と考えているのは、国民に根強いワクチン不信 があることです。確かに過去には、行政の不手際から、本来は不可能なゼロリスクを求める世論の雰囲気がありました。しかし今は、マスコミの論調も含めてワ クチンの大切さが強調されるように変わってきています。
米国では、ヒブワクチンが一九八七年に、小児用肺炎球菌ワクチンが二〇〇〇年に定期接種として導入され、ヒブ重症感染症は過去の疾患となり、肺炎球菌菌血症も日本の約三〇分の一に激減しています。
先進国だけではなく、全世界の子どものうち三人に一人は、ヒブワクチンの接種が済んでいると推計されています。一方、日本では接種対象児の一〇人に一人 程度にとどまっています。ワクチンの供給不足が続いていること、任意接種で高い個人負担があることが原因です。小児用肺炎球菌ワクチンも二〇一〇年二月に スタートしましたが、任意接種で費用は全額個人負担です。二つのワクチンを合わせて七万円ほどになります。これも大きな問題です。
米国では、ワクチン接種に関する諮問委員会(ACIP)という機関があり、さまざまな立場の人が意見を述べ、必要なワクチンの導入を国に提言できます。 一九六〇年代に設立されました。実に半世紀遅れですが、わが国でもそのような機関の設立が急務です。
「守る会」と手をつなぎ
肺炎球菌髄膜炎の後遺症を負った子どもさんの母親である田中美紀さんが、「細菌性髄膜炎から子 どもたちを守る会」を立ち上げ、四年間活動を続けています。三月二三日には、四回目となる署名を携えての国会請願行動を実施し、今回初めて厚生労働大臣へ 直接、要望書を手渡しました。
ともに力を合わせ、ヒブワクチン、そして小児用肺炎球菌ワクチンの早期定期接種化(公費)の実現に向けて、がんばっていきましょう。
(民医連新聞 第1475号 2010年5月3日)