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民医連新聞

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民医連の医師たちが中国で検診 今なお深刻 旧日本軍が捨てた 毒ガス被害

 旧日本軍が中国に遺棄した毒ガスで被害を受けた中国人が、日本政府を相手に裁判をしています。四月三日、東京都内で支援者たちが 集会「ノーモア化学兵器」を開き、一二〇人が参加しました。主催は「化学兵器被害者解決ネットワーク」。中国ハルビンで被害者の検診にあたった橘田(きつ た)亜由美さん(東大阪生協病院・神経内科医)が報告し、被害者二人が苦しみを訴えました。高遠菜穂子さんも講演しました。

(小林裕子記者)

反省の上に補償を

「ノーモア化学兵器」集会

 太平洋戦争当時、旧日本軍は、中国で化学兵器(マスタード、イペリット、青酸など毒ガス)を多量に使用。敗戦時、毒ガス弾を中国各地の地中、川や畑に棄てました。その数は七〇万発(中国の資料では二〇〇万発)と推定されています。
 そのため、二〇〇〇人以上の中国人が農作業や工事などで毒ガスに触れて被害を受け、現在も後遺症に苦しんでいます(表)。日本は、化学兵器禁止条約を一 九九五年に批准、日中両政府は遺棄化学兵器の処理について覚え書きを交わしましたが、被害者の救済はなおざりです。
 現在、チチハル事件(二〇〇三年)と敦化(トンカ)事件(二〇〇四年)の被害者が日本政府に救済措置を求め係争中です。多くが病苦のうえに失業など生活 苦をかかえ、十分な治療を受けていません。支援団体や弁護団の要請で、民医連の医師らが数次にわたる検診を実施しています。

人生を壊された苦しみ

 集会でチチハル事件の被害者二人が訴えました。工事現場で毒ガス入りのドラム缶五個が掘り出され、汚染土が使われた民家や中学校、ドラム缶が運ばれた処理場などで被害が発生。子どもを含む四四人が被害にあい、一人が死亡しました。
 被害者の女性、牛海英(ニウ・ハイイン)さんは事故当時二五歳。廃品回収所の経営者でした。持ち込まれたドラム缶の毒ガスに接触、吸い込みました。従業 員の一人は死亡、牛さんも顔が腫れあがり、腹にできた水疱がびらん化、あまりの痛みに何度も自殺を考えました。息子と夫との幸せな家庭は一変、後遺症のた め仕事に復帰できず、体調不良や夫の無理解に悩み離婚。再婚しましたが、心身の傷は癒えていません。
 楊樹茂(ヤン・シュマオ)さんは当時三九歳。経営していた食品工場が軌道に乗った矢先、自宅兼工場を建てる際に整地用に買った土が汚染されていました。 急性症状は脱しましたが、後遺症に悩んでいます。工場は風評被害で売り上げが激減、閉鎖に追い込まれました。
 橘田医師は、三月一八~二〇日にハルビンで実施した第三次検診について報告しました。東京・大阪・京都の各民医連から医師四人と看護師、OT・PT合わ せて七人が参加、チチハル事件の被害者三〇人、ほか一二人を検診しました。
 検診で明らかになった被害の実態を報告し、継続的支援と医療補償が必要と訴えました(別項)。
 チチハル弁護団が裁判について報告。現場が旧日本軍弾薬庫だったことを日本政府は知っており、「予見できず責任がない」という言い分は不当だと強調しま した。日本でも各地で被害が起き、毒ガス製造に携わった人たちが後遺症に苦しんでいます。国籍を問わない総合的な補償と被害の解明が必要です。
 弁護団は、解決策として日本政府に対し、(1)被害者への謝罪、(2)医療保障と被害の解明・研究をすすめ、治療に役立てる、(3)総合的な生活保障、 (4)元兵士の証言や資料の公開と予防措置、を求めていくと話しました。チチハル事件は、五月二五日、東京地裁で判決が出ます。

戦争被害、過去も現在も

 高遠菜穂子さんは、ファルージャなどイラク各地で米軍が行った無別攻撃で、多数の犠牲者が出ている 事実を語りました。無惨な映像も紹介しながら、得体の知れない化学兵器や劣化ウラン弾、クラスター爆弾などの被害を告発。高遠さんは「航空自衛隊がイラク に輸送した九割が米兵だったことが明らかになった。人道物資は一割もない。直接手を下していなくても、イラク戦争に日本人は深く関わっている」とのべまし た。戦争そのものの非人間性、「日本がイラク攻撃の基地になっている現在と、過去の日本軍の犯罪に対する無反省は重なっていること」が鮮明になりました。

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橘田亜由美医師の報告

診たことのない症状「全人生的な被害」

 第一次検診は二〇〇七年三月でした。イペリット、ルイサイトによる健康被害を想定し、呼吸器と労災職業病の専門医・藤井正寛医師を中心とした医師団が訪中しました。被害者のほぼ全員に咳、痰、呼吸苦、皮膚のかゆみや痛みがあり、免疫力低下や糖尿病の多発を確認しました。
 そのとき藤井医師は、被害者の生活崩壊の深刻さを目にし「自律神経系の障害では?」と感じました。被害者のほとんどが、少し動くと胸が苦しく動悸がし て、汗が吹き出し動けなくなること、疲れやすく、仕事はおろか日中も寝たり起きたりの生活だと話し、自律神経の異常で起こる症状に似ていたからです。
 そこで、第二次検診(二〇〇八年三月)では、神経内科医の私に声がかかりました。行く前は、毒ガスが接触した皮膚局部の末梢神経障害と、精神的ストレス によるPTSDや抑うつ状態、不定愁訴を想定していました。ところが実際は、神経内科医として今まで診たこともない、教科書にもない症状でした。
 検診の結果は藤井医師の直感どおり、被害者の「発汗・動悸・易疲労」は自律神経障害が強く疑われ、頻尿、インポテンツなど広範囲の自律神経症状が確認されました。
 「すぐものを忘れてしまう」「ものが小さく見えてゆがんでいる」という訴えも多くありました。うち一人は「見たものが何かわからない。色が分からない。 物に触ろうとするとき手がズレてしまう」と語り、「視覚失認、視覚失調」という高次機能障害でした。「脳の障害」です。被害者の多くに短期記憶障害もあり ました。
 二〇〇八年一一月のチチハル検診には、医師として私だけが訪中し、一五人の被害者の自律神経と高次機能障害の検査をしました。
 今回の第三次検診では、新たに高次機能専門の医師を招請し、そこに焦点を当てました。前回の検診が正しく(再現性があり)、高次機能障害が被害者の多く に生じていることを確認しました。新たに視野狭窄症状と長期記憶障害も発見しました。
 内科検診では、新たに異常な「炎症反応の高値」が見られました。熱もないのに高値を示す症例は、日本では診たことがありません。今後の解明が必要です。
  深刻なのは記憶障害です。そのため被害者のほぼ全員が就労困難です。子どもたちは成績が下がり進学できず、将来の夢と健康な身体を奪われました。被害者全 員の人生を狂わせた「全人生的な被害」です。ほとんどの被害者が、医療的なサポートを受けていないことも問題です。
 今後は、発がんなど命を脅かす事態が予測され、継続的な支援が必要です。医療保障があれば、少なくとも頻尿、動悸、インポテンツなど一部の症状は改善されると思います。

(民医連新聞 第1474号 2010年4月19日)