開始9カ月 無料低額診療 114人の事例から見えてきたもの 兵庫・尼崎医療生協
兵庫・尼崎医療生協は、二〇〇九年三月に無料低額診療事業(以下無低診)を開始し、一一月までの利用者は一一四人にのぼります。 その人たちが抱える困難の実態を分析し、いち早く尼崎市と懇談しました。貧困の広がりと同時に、国民健康保険の欠陥、とくに国保法四四条(医療費窓口負担 の減免)が活用しにくいなど、事業に踏み出して見えてきた問題があります。(小林裕子記者)
国保法44条の適用拡大、生活保護の拡充などが課題
医療生協の社会的役割
無低診は、尼崎医療生協病院と八診療所、二歯科診療所で実施し、入院と外来が対象です。減免の基準は、世帯収入が生活保護基準の一三〇%までの場合、窓口負担はゼロ(免除)。一三〇~一五〇%の場合、窓口負担は半分です(減額)。
利用者の大半が医療生協の組合員さんからの紹介です。大腸がん検診や特定検診のお誘いを兼ねた「訪問対話運動」でリーフを届け、約四〇〇〇世帯に宣伝し ました。「反貧困・よろず相談会」や行政からも「ホームレスの人を保護したので」と紹介があります。
「診察室で『高い検査はやめてほしい』という患者さんに、医師や看護師が制度利用をすすめています」と杉山貴士さん(理事会事務局)。待合室のポスター を見て相談した人もいます。病院や診療所内でも、対象となりそうな人に目配りしています。
「お金がなくて受診をためらう人がこれほど多いとは…」。理事会では、あらためて低所得の実態を受け止めました。地域の理事さんは「無低診は医療生協の社会的役割のひとつ」と確信を深めました。
中断を防げる
利用者のほとんどが「免除」の対象になる低所得(図1)。年金生活の高齢者だけでなく会社勤めや自営業など働く世代も目立ちます。
生協病院のソーシャルワーカーの多田安希子さんは「生活に困った場合、食費と医療費を削るしかなく、どちらも健康を損なう」と言います。生活の苦しさ は、治療の中断につながりやすく、収入を得るために仕事を優先し、身体が辛くてもがんばってしまいます。無低診の対象になった人の多くが他院にかかってい ましたが、福祉制度を紹介されることなく中断していました。
「今のところ、無低診を使った人で中断はありません」と粕川實則(みのり)さん(理事会事務局長)。患者からは「金の心配がなくなり、落ち着いた」という安堵の声も出ています。
公的制度への架け橋
無低診を利用しながら、障害認定、特定疾患の認定、生活保護受給の相談をすすめ、安定した生活 と治療ができる道を探ります。多田さんは「公的責任を逃してはならない」と考えています。無低診はそこへの「架け橋」「入り口」です。しかし限界もありま す。薬局や訪問看護ステーションの負担はカバーできません。「診療代より薬代が高い」という声が切実です。他院へ紹介する場合も使えません。
「国保法四四条が規定する窓口負担の減免をもっと活用しなければ」という多田さん。尼崎市では、「一部負担金減免および徴収猶予取り扱い要綱」が二〇〇 四年に施行されましたが、生活保護並みの厳しい条件がある上、適用が三カ月間以内など、使いにくいのが実態です。しかし、「生活保護を受けたくない」とい う人、せめて医療費負担がなければ助かる人も多いのが現実です。
行政に具体例で提案
昨年一一月、尼崎市と懇談し、問題提起しました。無低診を市民に周知するため「市のホームペー ジやくらしの便利帳に掲載する」、「小・中学校、高校に無低診のリーフを配布する」ことはすぐ実現しました。しかし市は、無保険者の実態把握や、国保法四 四条の適用の拡大などには、回答しませんでした。
同生協と尼崎市は「ヘルスアップ事業」などで連携・信頼関係を築き、白井文市長は「市は動かない、柔軟じゃないとか(中略)確かにそういうところがあり ます。だから、みなさんから提案して動かして下さい」と発言する一面もあります。(日生協医療部会シンポジウム)
理事会では今後、無低診を利用しする患者の実例を示して、国保法四四条の活用に向け「具体的で実際的な提案をしたい」という考えです。
県連の学術運動交流集会で発表し、学習会などで職員間の共有をはかり、市社保協など協力団体にも発信し、運動を強めていく方針です。
粕川實則さん 多田安希子さん 杉山貴士さん |
不況で仕事激減、治療中断… 入院二カ月で死亡…
事例から
働けなくなったとたん
Aさん(五〇代)は夫婦と子ども二人の世帯です。ペンキ工場に勤める夫の月収は約二四万円。不 況で仕事が減り、残業がなくなったため収入が激減しました。子どもの一人は障害者で、一人は正規の仕事に就けず約六万円の収入。妻は甲状腺機能低下と両膝 の変形性疼痛があり他院で治療中でしたが中断、痛みが耐えきれなくなって生協病院を受診、入院になりました。
三〇代のBさん。月収は約二三万円ですが、単身赴任中で子どもは二人、働いていた妻が関節リウマチの悪化で退職し、生活にも治療費にも困ってしまいました。生協の元理事さんの紹介で相談に来ました。
医療費払えずガマン
Cさん(六〇代後半)は、数年前まで生活保護を受給していましたが、年金がもらえる年齢に達し保護から外されました。その後は、医療費がたいへんで糖尿病などの治療を中断。急速に歩行や動作が困難になり、生協病院に紹介されてきましたが、入院後二カ月で死亡しました。
Dさん(六〇代前半)。パートで働き、収入は六万円ほど。国保料を滞納し短期証でした。食欲の低下や吐き気をガマンし、生協病院を受診したときは黄疸も あり、十二指腸がんと診断されました。同居の子どもが仕事を掛けもちし、収入が基準をわずかに上回るため、生活保護は受給できていません。
住居・医療・雇用の保障を
自公政権がとった低所得者の課税を強化する政策。高齢者控除が減り、一〇〇〇円の税負担が生じ、非課税世帯でなくなると医療費負担の上限があがり、福祉の 諸制度から外される人が激増しました。政府は「貧困率が一五%」と発表しましたが、全国で二五%の世帯が生活保護基準以下という報告も(図2)。
社会保障制度の弱体化で、生活保護が最後の砦。しかし資力調査や偏見などが「権利としての生活保護」を妨げています。働く場や住居の保障、医療費負担の軽減など、社会保障の立て直しがいよいよ重要です。
(民医連新聞 第1468号 2010年1月18日)