『笑って死ねる病院』のヒミツ 石川勤医協・城北病院 悩みは多いけど命の平等を求めつづけたい
みなさんは『笑って死ねる病院』を観ましたか? 読みましたか? 石川民医連・城北病院の医師と看護師たちが、終末期の患者の最 期の願いを叶える「お出かけ」。その「人情物語」がテレビ放映され、本になり、大ヒット。患者・利用者の「生きる」を日々ささえる「城北スピリッツ」を探 りに行きました。(小林裕子記者)
「何でそこまでするの?」
「最後に床屋に行って、男前をあげて『ありがとう』と言って死ねるなんて、いいことやね。テレ ビ観て『城北病院のことや』とすぐわかった。心のわだかまりを解いて、心置きなく逝(ゆ)けると、残された家族の心も安らぐんや」。友の会員の旗外喜子 (はた ときこ)さんは話しました。田中外幸さん(85)も「診療所ができたころから知ってる。命を助けてもらったこともある。もう人間同士の付き合い や」。
反響の大きさに、職員たちも驚きました。「何度読んでも涙が出る」という佐々木均事務長。大勢から「感動した」と声をかけられ、母からは「あなたの病院を見直した」と言われました。映像と文章の力を実感しています。
一方、取材に来たテレビ金沢の記者に「何でそこまでするの?」と聞かれ、何度も説明し、いまも「伝わったかな?」という気持ちが残ります。「良い医療と か患者のニーズとかは他の病院でも言う。友の会だって珍しくない」と佐々木さん。決定的な違いは何でしょう?「医療制度や国の医療政策にまで踏みこんで、 みんなが患者の人権をとことん考えることかな?」。それは同院の伝統で、無料低額診療も早くから実施しています。
ハードでもハートいっぱい
外科急性期病棟。談話室や図書コーナー、小部屋が配置されています。鹿島しのぶ看護師長が、「ここに患者さんの友人が集まってコーラスもするんですよ」と。患者は「友人葬」を希望していて、友人たちは葬儀で歌う曲を聴かせに来るのだそうです。
患者は自然に希望を出せるのでしょうか? 「患者が何を求めているか、わからない」という若いスタッフには、「率直に聞いてきたら?」と言うそうです。
でも、必ず実現できるとは限りません。がん末期で入院してきた男性(五〇代)は、母親が認知症で施設にいたので、会いに行く計画でした。しかし当日、熱 が出て断念。「時がない」と考えた主治医が施設に電話したら、施設側が母親を連れて来てくれました。
計画が実行できない場合でも、「寄り添ったプロセスが大事なのです」と鹿島さん。「矛盾に悩むことも多いけど、よい社会保障を求めてたたかうのが私たち の看護理念だから。ハードだけどハートがいっぱい」と微笑みました。
患者の力を引き出す看護
療養病棟には、介護度が高く、家に帰れない人がたくさんいます。生活保護の場合、介護保険のはみ出し分が負担できずに、医療型の療養病棟に戻ってくる人も。
師長の杉本由紀枝さんが憤るのは、医療型の療養病床を減らす国の政策。「つぶしてどうする!」と。介護保険が問題になり、カンファレンスで「市役所に抗 議に行こうか?」という意見が出たり。「満床なのに赤字なんて…」と職員の疲弊感も心配します。
「買い物お出かけ」に付き添った田中薫さんが報告しました。「ふだん意思表示しない方なのに自分で選んで買ったんですよ」。「そのせいかしら。帰ってき て自分から、トイレに行きたいって言ったのよ」と杉本さん。お出かけ後の「ちょっとした変化」にも注目します。「パワーは患者と職員、両方に出ますね」。
内科急性期病棟の看護師長・藤牧和恵さんの悩みは、「DPCなので、早い退院が求められ、患者の全体像をつかむのが難しいこと。さらに、医療依存度が高 くて慢性期病棟や施設には移れない患者がいること」。その中でも「お出かけ」にとりくむと「患者の状態が良くなる」と言います。付きそう職員も残る職員 も、患者の喜ぶ顔が嬉しくてがんばりますが、効果はそれ以上です。
職員間に垣根ない
「(希望を実現する)体験を通じて患者のもつエネルギーを引き出す、これも看護の力。一人ずつの症例も多数集めてみれば普遍性がでてくると思う」と言うのは山下明美さん(副看護部長)。これを看護師の成長につなぐのも方針。こんな話をしてくれました。
「若い看護師が『受け持ち患者にバルンカテーテルを入れないでほしい』と言い出したことがあったんです。ほかにも手のかかる患者がいて、正直、管理者と して葛藤しました。でも、そのとき思ったんです。その思いに応えないと後悔するんじゃないかって。一番困難な人をまず考えよう。そこに焦点を当てて、後は 何とか工夫しようって。患者にやってあげたいこと、できないこと、そのことについて看護師同士で話ができること自体を大事にしようって。話もなしで淡たん とやられたら悲しいじゃないですか」。
どの患者にも行き届いたケアをしたい、だから看護師を増やしたい、強い思いも語りました。
「カンファレンスで、やりたいことが言える」「医師が応援してくれる」「職員に垣根がない」。多くの職員がそう語りました。信耕久美子さん(SW・ケア マネ)は言います。「どんな意見にも『やってみよう』と前向きです。でも、現状の医療制度には限界があります。柳沢深志副院長がよく言うんです。『患者の 権利に関わることはSWが発言しないと、人権侵害になるよ』って」。
「患者が最後まで生き抜くこと」を「このへんで…」とあきらめてしまわない理由は、職員たちの「たたかう姿勢」にあるように思えました。
民医連の医療に自信もとう
大野健次院長
本当に「笑って死ねる病院」なんてどこにもないですよね。でも、それに象徴されるものは民医連医療の一端として、どこにでもあるわけです。当院もそのひとつです。テレビ取材のとき「なんでウチが?」とも思いましたが、結果的によかったと思います。
当市では、ホームレスの患者は、必ず当院に運ばれてきます。制度が弱い人に寄り添うようになっていないのです。経営が良いわけでもないが室料差額を取ら ず、なぜがんばるか、そういう話を医学生にするとき説明しやすい。
職員の間に「垣根がない」のは、とくに医師と看護師の間に信頼感があるからだと思います。医師集団づくりでも、顔を合わせて話をする機会を大切にしてい ます。地震のとき、二週間で一〇〇〇人というボランティアが集まりました。洪水の時も、みんながんばりました。こうしたことの積み重ねで、職員同士の絆が 深まり、理解し合っていると思います。
民医連だったら普通のことでも、よそから見たら不思議なことがあります。住民に、金儲け主義でない「安心」を与えています。他県で民医連の病院にかかっ ていたので、引っ越しても民医連を探して来たという患者がいますね。民医連は「誠実で正直」と評価されているのです。民医連の医療に確信をもとうと言いた いですね。
(民医連新聞 第1467号 2010年1月4日)