「もう限界」高齢者苦しめる介護保険 全日本民医連「介護1000事例調査」から
全日本民医連では、介護保険制度の抜本的改善を求めるため、利用者の視点から「介護1000事例調査」を実施。集まった七二八事例から明らかになったのは、必要なサービスを受けられず、介護と生活に深刻な困難を抱えている、多くの高齢者の姿でした。
事例から
施設に入れず、重度の夫を妻がささえる
良夫さん(仮名)(68)は、数年前に多発性脳梗塞で倒れて失語症や左片麻痺を発症し、現在ほぼ寝たきり状態です。今、妻の京子さん(仮名)(64)と二人暮らし。長年勤めた百貨店を退職し、ようやく二人の時間ができたと喜んでいた矢先でした。
施設入所を希望していますが、空きがなく在宅生活を余儀なくされています。ある施設では入所寸前までこぎつけましたが、結局、「入所は独居の人を優先したい」と言われ、入れませんでした。
良夫さんの年金は月二五万円。月二〇万円以上の施設なら空きがあると言われましたが、それでは京子さんの生活費がなくなります。「うちもたいへんなんだけど。しかたないことなのかねえ…」と京子さん。
在宅生活を送る中、利用している介護サービスは、訪問介護(週四回)、訪問看護(月二回)、デイサービス(週五回)、ショートステイ(ひと月に五日~一〇日程度)です。
良夫さんが楽しみにしているのがデイサービスです。「本人はしゃべれませんが、いろんな人の話を聞くのが楽しいみたいです」と京子さん。「お金はかかるけど減らすわけにはいきません。私も助かりますし 」 。
その代わり訪問介護を減らしました。以前は朝夕二回でしたが、今は朝だけ。オムツ交換や車イスへの移乗介助などをしてもらっています。
良夫さんは要介護5で、サービスの支給限度額を超えた自費分を含め、ひと月の介護費用は最低でも六万円かかっています。一三万円の月もありました。京子 さんは「往診の先生から訪問看護を週一回にした方がいいと言われましたが、できません。往診代も高いので、月二回から一回に減らしたいくらい。年金もどん どん減らされてますしね 」 。
良夫さんは体が大きいので、小柄な京子さんが車イスに乗せるのはたいへんです。最近、「手がビリビリしびれたり、足も外反母趾で痛い」と京子さん。腰痛もあります。
しかし、京子さんしか介護する人はいません。「このまま施設に入れないのなら、自分が病気になるわけにはいかない」と、将来への不安を口にしました。
利用者の視点から制度改善を
林泰則 全日本民医連事務局次長に聞く
介護保険のたび重なる改悪のもと、利用者と家族はさまざまな困難に直面しています。
今回、その困難の内容と制度の問題点を明らかにし、改善を求めるために「介護一〇〇〇事例調査(集約は七二八例)」を実施。その結果から「九つの困難」を抽出しました。
調査結果は「週刊東洋経済」の特集や日経新聞はじめマスコミが取り上げ、注目されています。
全体の特徴は三つです。
▼高齢者の生活は厳しい
一つは、経済的な厳しさがあることです。利用料などの支払いができず、サービスをやめたり減ら している事例が多数ありました。そのため、基本的な家事ができず、外出の機会が減るなど、生活の質が下がり、心身の機能も低下、病状が悪化しています。家 族の介護負担も増えています。
家族が失業し、利用者本人の年金で生計をささえる事例、年金が入る月だけサービスを利用している事例が多数報告されています。中には年金がわずかで、病 弱の妻が庭で栽培した野菜を売って生活費を稼ぎ、寝たきりの夫をささえる老老介護の事例、歩行障害があるのにお金がなくて十分な介護を受けられず、枕元の ボトルに尿を貯め、一日二回這(は)ってトイレに捨てに行く独居の事例もありました。とうてい「健康で文化的な生活」とは言えません。
後期高齢者医療制度の保険料を払うため、利用をやめた事例もありました。また、過去に介護保険料を支払えない時期があったため、制裁措置でサービス給付 を一時差し止められたり、三割負担にされた事例も五件報告されています。滞納者の多くは、年金が月一万五〇〇〇円以下で普通徴収の人です。
▼判定を低めて利用を抑制
二つ目は、要介護認定のしくみや自治体の独自判断で、サービス利用が規制されていることです。
状態が変わらない、あるいは悪化しているのに、更新の際に軽度と判定され、認定結果と実際の状態がかけ離れているケースが多数ありました。パーキンソン 病など病気が進行している人、全盲に近い人が、介護度を下げられたなどです。
介護度が低く判定されると、支給限度額が下がり、保険給付の範囲が減らされます。介護予防に移され、訪問介護の回数が減り、福祉用具が利用できなくなった事例も、数多く報告されています。
また「半径五〇〇メートル内に住む親族」を同居とみなし、生活援助を機械的に打ち切るなど、自治体の勝手な解釈での制限も目立ちました。
▼行き場のない要介護者
三つ目は、「行き場・居場所」がない問題です。家族の介護は限界になっているのに特養ホームは満杯、二~三年待たないと入所できず、利用者と家族が共倒れになりかねない事例が多数あります。
特に、胃ろうや経管栄養のように医学的管理が要るため施設やショートステイを利用できない事例が目立ちます。背景に療養病床の削減があります。重症の高齢者が在宅を余儀なくされています。
重度認知症の高齢者を自宅で介護しているケースも深刻です。ケアマネジャーに「(介護している)母の首を絞めそうになる時がある」と涙ながらに訴えた家族もいました。
また、身寄りがなく、保証人がいなくて施設入所できず、火の不始末から火災で死亡した人もいました
▼抜本的に変えよう
調査を通して「保険あって介護なし」の事態が進行し、「住み慣れた地域に住み続けることができ ない」実態があらためて明らかになりました。介護の充実は「安心して老後を送りたい」というすべての高齢者・国民の願いです。経済的な心配なく必要な介護 が受けられ、家族だけに頼るのでない「介護の社会化」の真の実現が求められています。
本調査の具体的な事例をもとに、制度の抜本的改善を迫るたたかいが重要です。自治体に対して、費用負担の減免や施設など基盤整備の充実を求めることも必要です。
これまでの介護ウエーブを力に、介護改善を求める運動を地域、職場から、大いにすすめましょう。
事例が示す9つの困難(要約)
(1)費用負担が重いため、利用を減らしたり断念している
(2)認定結果と本人の状態が著しく乖離する傾向が強まり利用が制約されている
(3)予防給付移行で、軽度者への福祉用具の利用制限などで状態が悪化、生活に支障
(4)支給限度額の範囲ではサービスが不足、限度額を超えた利用は高い
(5)家族との同居を理由に生活援助を打ち切る「ローカルルール」など、制約が多い
(6)入所できず、家族介護や費用負担が増大
(7)医学的管理がいる人の入所、在宅が困難
(8)独居・老老世帯では、特にさまざまな困難がある
(9)在宅の重度認知症の生活・介護が深刻化
(民医連新聞 第1444号 2009年1月19日)