9条は宝 私の発言 〈43〉 「非戦」をかかげ愛と平和で日本をまとめたい
日野原重明さん(医師)
1911年、山口県生まれ。聖路加国際病院理事長。近著に『いのちのバトン 97歳のぼくから君たちへ』(ダイヤモンド社)『いのちの授業』(ユーリーグ)『いのちのおはなし』(講談社)など多数
『生き方上手』がベストセラーになり、講演に駆け回る日野原重明さん。現役の医師として平和への思いを熱く語りました。
六五歳からを「老人」とするのは変ですね。そう決めた当時、日本人の平均寿命は六八歳でした。六五歳以上は余生だったんですね。
それから半世紀が経ち、百歳以上が二万六〇〇〇人、一〇年後には五万人になる見通しです。私は「老人」の定義を底上げして、七五歳からを「新老人」と言うように提唱しています。
本来「老」とは尊敬の言葉です。中国でも西洋でも敬って「長老」と言いました。オールド(古い)ではなくエルダー(経験豊富な)です。
「老いぼれ」とか「老廃物」とか悪い意味に使うから、「老」の文字は汚れてしまいましたが…。
子どもに「いのちの教育」を
私は九〇歳になったとき、何か新しいことをやろうと思いました。そして「新老人の会」をつくりまし た。また、子どもたちに命の大切さを教えようと考えました。「いのちの教育」です。これはエルダーの義務だと思うのです。私も機会を見つけては、各地の学 校へ行って四五分の話をしていますが、子どもたちは目を輝かせて聴いています。
「新老人」には、字が上手、数学ができる、話がうまいなど、いろいろな能力のある人がいて、子どもを教えるのに向いています。
何より戦争体験があるので「一番いけないのは戦争して命を奪うこと」と、子どもに教えることができます。会員はいま八〇〇〇人ですが、やがて一万五〇〇 〇人、三万人へと増えて、そして九条改憲が国民投票にかかるころは「ノー」という国民過半数の力になってほしいと思っています。
戦争は人間を鬼にする
私が大切に思うのは「反戦」ではなく「非戦」です。「反戦」は一時的ですが、「非戦」は争いそのものをしないことです。仕返しもしない。過ちを許す、このことがなければ平和はありません。
ニューヨークの「9・11」事件は、報復をしなければ、あれ一回だけで終わったはずです。何倍もの仕返しをしたからテロは止まず、戦争が長引いています。
戦争ほど命を粗末にするものはありません。日中戦争で日本兵がやった残虐な行為を私は知っています。中でも七三一部隊は、捕虜を独房に入れて細菌に感染 させ、何日目に熱が出て、何日で死ぬかなど人体実験をしました。南京では、銃剣で妊娠した婦人を刺殺しました。医学生の時、そんな映像を見せられました。 これは日本の歴史教科書にはありません。
ナチスは八〇〇万人ものユダヤ系の人を殺し、米国はベトナム戦争で一〇〇万人以上の命を奪いました。どんな国の人も戦争では鬼になります。狂気の沙汰で、後になって人に言えない行為をするのです。
改憲「ノー」を過半数に
子どもに「愛と許し」を教えたい。さらに「耐えること」を。不幸に耐えた子どもは、もっと不幸な人 の友人になることができます。失敗に耐えた人は良きサポーターになれます。また「創(はじめ)ること」も教えたい。「創」とは、新しいことを始めることで す。ベンチャー精神、つまり勇気をふるって行うことに通じるものです。
憲法九条は、世界の人が殺し合いをやめ、愛と許しの寛大な気持ちになろうと説くものです。それを変えて、自衛隊を軍隊にするなんて、とんでもなく危険で す。陸海空軍はすぐできるでしょうし、核兵器だって扱いかねません。自衛隊はすでに米国と共同歩調をとっているのですから。軍隊をもって軍備にお金を使っ たら、いくら消費税を上げたって、教育と医療には回りませんよ。
安倍元首相は「自分の在任中に九条を変える」とはっきり言った最初の首相です。教育基本法も変えました。日本をまた国粋主義に押し込もうとしています。 現内閣もそれを受け継いでいます。民主党議員にも改憲派がいますから、改憲の発議がされる恐れがあります。そのとき、国民の過半数が「ノー」と言う、その ための運動は可能だと思います。
10年後、基地なくしたい
米軍基地も私はなくしたい。基地は「敵」がなければ必要ないのです。爆撃されてもよいくらいの心で、基地を置かないほうがよいと思います。基地をなくすことを一〇年後の目標にしています。すると私は一〇七歳ですね。
いま平和を音楽やオペラで訴えようと、「世界へおくる平和のメッセージ」というイベントもやっています。「死」ではなく「愛」で平和をつくりたい。ガン ジーのように、暴力でなくデモで、勇気ある行動で、日本を愛と平和でまとめていきたい。
平和運動は医者の務めです。命は誰もが同じ、と知る医師だからこそ「人が殺し合わないようにしよう」と言いたいのです。
(東京法律事務所「九条の会」での講演(一二月二日)内容を要約したものです)
(民医連新聞 第1443号 2009年1月5日)