心かよわせる介護 共感から生まれた「大家族のお母さん」 香川・老健虹の里 奥村香緒里(介護福祉士)
光子さん(七八・仮名)は〇三年、アルツハイマー型認知症と診断され、道に迷い警察に保護されるなど症状が強くなり、〇六年一一月、当施設に入所しました。
光子さんは本来、明るく世話好きで働き者、几帳面な性格とのことでした。入所時は要介護3でした。
家族と来所した午前中は、混乱もなく穏やかに見えましたが、午後になると「孫を見に行かなイカン」と帰り道を探し始めました。夕食を拒否、「いつの間に こんな所に入れられて!」と興奮状態になり、夜も見慣れない居室に困惑したのか、眠れない様子でした。
一日おきに入眠と不眠をくり返し、眠れない夜は興奮し、問題行動が何日も続きました。ある夜、失禁してベッドから転落、右頭部を打撲してしまいました。
バリデーションを取り入れ
「どうしたらよいのか?」 。 その場その場の対応だけでなく根本的な要因を取り除こうと、ケアカンファレンスを開きました。課題は、(1)不穏状態を減らし、精神的に安定させる、(2)夜間の入眠、(3)暴力行為をなくす、(4)帰宅願望を軽減することです。
光子さんの趣味や嗜好、言動、行動など、職員が気づいたことを出し合い、チーム内で共有、バリデーションの考え方をもとに検討しました。
バリデーションでは、混乱した行動には必ず理由があり、病気だけでなく、精神や心理を反映すると考えます。その考え方を再認識し、介護する側、される側 ではなく、ともに生活する家族として接することにしました。そして、光子さんに共感し、信頼関係を築いていこうと模索を始めました。
洗濯物たたみから
まず光子さんに、エプロンや洗濯物をたたむよう頼んでみました。すると「待ってました」とばか りに表情が明るくなりました。職員が感謝すると「ええんよ。これ大好きだから」と穏やかな笑顔をみせます。きっと光子さんは、この作業によって、自分が必 要とされていると実感したと思います。
また、エレベーターに乗ろうとする行動には、施設内だけで暮らすストレスがあると考え、外出や散歩の機会を増やしました。するとエレべーター前の居すわ りは激減しました。夜間の不穏は、居室にも問題があると考え、個室にしました。すると、就寝中の人の布団を剥(は)いで回る頻度は減り、不穏も軽減しまし た。
「家のカギがない」「自転車のカギがない」とカギに執着するようすなので、徘徊センサーを入れたお守り袋にカギを吊してあげました。それで安心したようです。
症状も良くなった
このように、言動や変化に対応してケアを続けた結果、光子さんは「大家族のお母さん」になりました。職員に包丁の使い方や洗濯物の干し方を教えてくれます。人としてのマナーも教えてくれ、ほかの利用者さんを気遣い、世話もし、食事では最後に箸を取ります。
こうした中で、認知症に伴う症状に変化が表れました。激怒がなくなり、夜間は眠れ、生活リズムが安定。執拗な帰宅願望が減り、頻回だった「盗られ妄想」 が減りました。幻視が消え、場所が認識できる時もあります。失禁や放尿もなくなり血圧が安定しました。
笑顔の時間たくさん
光子さんの世界は、いまでも一瞬一瞬で変わります。笑顔で外出したことも、職員と冗談を言い 合ったことも、すぐ忘れてしまいます。それでも私たちは、一瞬一瞬に消えていく心の世界に、笑顔でいられる瞬間をくり返しつくっていくことで、楽しい感覚 を継続し、光子さんを不安な世界から解放していきたいと思います。
症例をまとめた時点で、光子さんの入所から一年と経っていませんでした。長いような気がしたのは、真剣に光子さんを知ろうとしたからかもしれません。
光子さんから、思いやりと優しさが人の心を通わせる原点であると学び、介護者として自覚を新たにしました。
【バリデーション】たとえ混乱した認知症の状態であっても、人間として尊重されるべき、という考え方。高齢者は、人生の中でさまざまな課題に突き当たりながら生きてきて、十分に解決できず心の中に深く残ったことが、不幸にして認知症になったとき、問題行動として現れると考える。
(民医連新聞 第1443号 2009年1月5日)