医療倫理の深め方(7) 臨床倫理チェックリストを活用しよう 第2回医療倫理委員会活動交流集会から
第二回医療倫理委員会活動交流集会(三月三一日~四月一日・福岡)の講演を紹介します。浅井 篤・熊本大学大学院教授(生命倫理学)が「医療倫理コンサルテーション・委員会を活性化していくために」をテーマに、臨床倫理チェックリストの活用法などを解説しました。(川村淳二記者)
臨床倫理チェックリスト
医療従事者から寄せられた、現場で生じている倫理的な悩みや疑問を解決するため、支援ツールとして「適切な手続きのための臨床倫理チェックリスト」をつくりました。意思決定の際に、大事なことを漏らさず、方向性がずれないようにするものです。
患者さんに十分な情報を与え、誤解がないようにした上で、対話や議論を重ね、考え直したり、熟慮した上で自己決定することが、患者さんの最善の利益にな るとの考え方に基づいています。白衣のポケットに入るので、意思決定プロセスの重要項目や基本的な流れ(図1)を見て、必要な場面でページを開いて確認で きます。
意思決定できない場合
倫理的懸念があって意思決定できない場合は、倫理カンファレンスを実施します。倫理カンファレ ンスの重要事項と検討の流れ、運営に関するチェックリストもありますので活用ください。ただ、世界には臨床倫理的なアプローチ法は数十あるといわれますの で、これはあくまでも一例です。
ここで難しいのは、医療行為のゴールを設定することだと思います。倫理的な対立・葛藤の内容をはっきりさせ、お互いの価値観に共感する態度で、関係者で 話し合い、合意の努力をします。それでも一致するとは限りません。
その場合、最終的な決定者を決めざるを得ません。意思決定能力があれば患者さん本人ですが、能力がなければ、事前にどんな意思表示があったかを確認しま す。それもなければ、患者さんの選好などを推定して、代行者が判断することになります。
しかし、代行判断はあくまで推定です。判断の正当性が示せるだけの十分な材料がない場合は、患者さんの生命の保護を優先させることになります。
だから、大事な患者さんの意思表示はタイミングを逸することなく確認しておくことが大切です。確認しておかないと、のちに意思決定がすごく困難となります。
臨床倫理を学ぶ理由
浅井 篤教授のパワーポイントより
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倫理問題は、真剣になるほど感情的になったり、すっきりした答えが出ないので気が滅入ったりします。また、「変だと思っているのは私だけ」とか、「ばかにされるのでは」という不安もあり、話しにくいものです。
臨床倫理を学ぶ理由は、臨床問題の知識・情報を得て、感受性を高め、適切な倫理的議論・推論の方法を習得することです。そして、倫理的対話への抵抗感を取り除き、医療現場で妥当な判断を導くために大切です。
しかし、臨床倫理には限界があります。事実や可能性をたどれば、正しい結論が自動的に導かれるわけではありません。結論を出すには価値判断が伴います。 価値判断は個人によって違うので、「唯一絶対的に正しい」という答えに到達することはできません。
一般的に受け入れられている倫理原則(図2)はありますが、日本では倫理ガイドライン間に食い違いが見られ、確立していません。また、「倫理的に正しい」ことが、必ずしも法律や制度と合うとは限りません。
だからといって、最初から「答えは出ない」とか、「倫理的には何でもあり」というのは違います。まずは各自が考え、さらに、みんなで考えないといけませ ん。いくら手続きを踏んでも、問題を分析しても、関係者の価値観を交流することなしには、答えは出ません。自分の原則、価値観をしっかり持つ努力をしま しょう。
図1 「適切な手続きのための臨床倫理チェックリスト」より
●→[01] 意思決定プロセスの重要事項をまず確認してください
《意思決定プロセスにおいて十分勘案すべき重要10項目》
1患者さんの医学的および心理社会的状況に関する的確な評価⇒[02][03] 2患者さんの意思決定能力、理解、意向、将来に対する意向(事前指示)の確認⇒[04][05][09][10][11] 3患者家族の理解、意向、患者さんとの関係の確認⇒[04][05][09][10][11] 4患者さんおよび患者家族と医療従事者の間の十分な情報開示と意思疎通(コミュニケーション)⇒[06][08] 5医療従事者間の十分な情報共有と意思疎通(コミュニケーション)⇒[07] 6関係者全員による患者の最善の利益実現を目指す努力⇒[12] 7必要な記録と患者の医療上の権利の確認⇒[13][17] 8適切で納得がいく意思決定のための十分な配慮⇒[14] 9倫理問題検討のための医療従事者による「倫理カンファレンス」と「倫理コンサルテーション」によるサポート⇒[15][16] 10質の高い医療提供のための医療従事者のQOL維持⇒[18] |
[02] 医療チームが診療方針を定めるにあたって必要な患者の医学的状況に関するチェックリスト [03] 患者(およびその家族)に関する人間関係および心理・社会・経済的状況に関する情報チェックリスト [04] 患者の意思決定能力(判断能力)判定チェックリスト [05] 代行判断者(家族等)についてのチェックリスト [06] 患者(およびその家族)に対する情報開示事項チェックリスト [07] 医療従事者間の対話に関するチェックリスト [08] 患者(およびその家族)との対話におけるチェックリスト [09] 患者(およびその家族)の病状・治療方針に関する理解度チェックリスト [10] 患者(およびその家族)の意向に関するチェックリスト [11] 事前指示についてのチェックリスト [12] 患者にとって最善の利益となる医療行為を模索するためのチェックリスト [13] 患者の医療に関わる権利に関するチェックリスト [14] 患者(およびその家族)が意思決定する際に配慮すべき項目チェックリスト [15] 倫理カンファレンスの運営に関するチェックリストと臨床倫理的アプローチの一例 [16] 倫理コンサルテーション依頼時のチェックリスト [17] カルテ記入事項・必要書類のチェックリスト [18] 医療従事者自身のQOLに関するチェックリスト |
臨床倫理支援・教育・対話促進プロジェクト 浅井教授が参加する「臨床倫理支援・教育・対話促進プロジェクト」では、臨床倫理 チェックリストの作成の他に、コンサルテーション事業なども行っています。支援メンバーは、医師、看護師、弁護士、哲学者、社会学者など17人です。現場 から寄せられた倫理的な悩みや疑問に答えています。詳細はホームページで。臨床倫理チェックリストのダウンロードもできます。http://www.kankakuki.go.jp/lab_a1/index.html |
(民医連新聞 第1406号 2007年6月18日)
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