医療倫理の深め方(6) 臨床倫理4分割法を活用しよう 第2回医療倫理委員会活動交流集会から
第二回医療倫理委員会活動交流集会(三月三一日~四月一日・福岡)で、白浜雅司・佐賀大学医学部臨床教授・国民健康保険三瀬診療所所長が講師として行った、四分割表でのカンファレンス事例を紹介します。(川村淳二記者)
身寄りから経管栄養中止を求められた事例
Aさん(八〇代・女性)は、二〇〇二年よりアルツハイマー型認知症で精神科に通院し、グループホームに入所していました。身寄りは遠方に住むいとこが二人だけで、認知症になるまでは、手紙のやりとりなど、比較的親密な交流がありました。
二〇〇六年七月に肺炎、呼吸不全で入院。その後、肺炎と呼吸不全は改善しましたが、自分の唾液でもむせる状態で、経口摂取が困難になり、経鼻経管栄養を 開始。全介助が必要で、チューブを自己抜去しようとするため両手拘束の状態となりました。
慢性期病棟へ転棟する際は、認知症が強くなっており、コミュニケーションはまったくとれず、寝たきり状態。今後、経口摂取が可能になるとは考えられず、唾液誤嚥による肺炎再発のリスクも高い状況でした。
いとこは、「患者は寝たきりの実母を介護した経験から、延命治療は受けたくないと話していた。経管栄養を中止してほしい」といいました。
検討編 |
[医学的適応] Aさん80代女性。寝たきりで、重度な認知症でコミュニケーションがとれない。肺炎は治癒したものの、唾液誤嚥もしており、将来も経口摂取は困難。経鼻 経管栄養で栄養確立するも、継続のためには両手抑制が必要。抑制解除には胃ろう造設が考えられる。 経鼻経管栄養中も唾液誤嚥を繰り返し、肺炎再発の可能性が高い。胃ろう造設に伴い、肺炎、低栄養状態による創部感染、腹膜炎発症のリスクもある。また、胃ろう造設で肺炎のリスクが減るとは限らない。 経管栄養中止の場合、生命予後は週単位。継続しても月単位と予想されるが、1年くらい生存する場合や、肺炎再発で週単位の可能性もある。 |
[患者の選好] 現時点ではAさんに判断能力は無い。 6年間実母を介護。実母が寝たきりで経管栄養を受け亡くなった後、「自分はこのような延命治療は受けたくない」と話していた。 漠然と「経管栄養はいやだ」というのではなくて、かなり具体的イメージで経管栄養を否定的にとらえていたと思われる。 |
[QOL] 寝たきりで、経鼻経管栄養の自己抜去防止のため、両手を拘束している。胃ろう造設で、拘束をせずに、もう少し離床がすすめられる可能性もある。 しかし、延命治療は本人の意思に反するので、精神的苦痛は大きいと思われる。 |
[周囲の状況] 家族関係はいとこ2人のみ。病前はいとことAさんで親密な交流があった。 本人の年金と貯蓄があり経済的には安定。病状が落ち着けば施設入所は可能。 家族は、経管栄養を中止し、侵襲的治療も行わず少量の点滴で経過を観察することを希望。 |
病棟カンファレンスで、四分割表(右)を用いて検討し、次のような結論になりました。
カンファレンスの結論
[医学的適応]今後、肺炎が増悪した場合、酸素、抗生物質などによる標準的治療は行うが、気管内挿管、人工呼吸器など侵襲的治療と、心肺停止時の蘇生措置は行わない。
[患者の選好]いとこ二人は明確に経管栄養拒否を伝えており、病前のAさんの意思と合致すると推定できる。
[QOL]経管栄養の即時中止については、現在の状態からスタッフの間にも抵抗があり、倫理委員会に諮問する。
[周囲の状況]いとこには、倫理委員会の決定しだいでは、希望に沿えないことを伝え、再考をお願いする。
その後の経過
カンファレンス後まもなく、肺炎が再発。喀痰が増加して危険な状態なため、栄養チューブを抜去しました。酸素、抗生物質などで治療しましたが改善せず、死亡しました。
翌日倫理委員会を開催し、今回の経管栄養中止は倫理的に許容できる、との結論を出しました。
本例は、医学的理由で経管栄養を中止し、再開できる条件が整わなかったため、結果として本人、家族の望む(と思われる)形となりました。しかし、全身状 態が安定していた場合、経管栄養の中止を倫理委員会で認められたか、スタッフの意見が一致したかは、疑問が残りました。
白浜雅司教授のコメント
[医学的適応]Aさんのような状態の患者さんは、半年後には半数は亡くなると推定され、終末期と考えられます。Aさんの治療目標は緩和ケアに近く、経管栄養を望まない意思が推定されるなか、自己抜去しないよう抑制してまで続けることは、検討が必要です。
[患者の選好]Aさんはすべての経管栄養が嫌なのでしょうか。寝たきりの状態で迷惑をかけるのが嫌なのでは?
実母の最期や介護の状況を見ての思いでしょうから、家族やスタッフが納得するために、実母の介護をした事業所に問い合わせてみるなどして、その状況を具体的に明らかにすることが、必要ではないでしょうか。
[QOL]経管栄養か点滴だけでなく、経口から少量の水分を与えるなど、他のケアはないのでしょうか。
[周囲の状況]患者さんが亡くなる前に、倫理問題が発生したら迅速に、倫理委員会を開催できないのでしょうか。
倫理委員会の課題は日常の中に(白浜教授)
何かもやもやとしたことが残る、対応に苦慮する、なぜか感情的になってしまう事例が倫理的な問題を含んでいます。倫理問題は特別な事例ではなく、日常身の回りで起こっています。
倫理委員会で避けたいことは、「家族のこの人が悪い」と誰かを悪者にすることや、「どうせケースバイケースだからやっても意味がない」と思うことです。 そうならないためには、倫理委員会を開くことです。一つでも解決策が見いだせ、少しでも状況を変え、次につなげていけます。日常的に倫理問題を話し合える ことが大切です。
例えば、四分割表をナースステーションの奥に張り出し、みんなが一つずつそこに書き込んで、二週間ぐらいしたら関係者だけで、それこそ一五分でも議論で きればいいのです。そして、話し合うことが患者さんのためだけでなくて、自分たちも納得できる医療倫理でなければ続きません。
医学的な背景はもちろん大事ですが、それ以上に関係者の考え、価値観が大事です。医師の知らない患者さんの情報や選好などを知るための四分割表ですか ら、議論では医学的適応だけに偏らないような時間配分も必要です。QOLを考える上では、患者の生活歴を知ることも大切です。
[医学的適応] (恩恵無害) (1)診断と予後 (2)治療目標の確認 (3)医学の効果とリスク(エビデンス) (4)無益性(Futility) (5)医療事故、医療ミス |
[患者の選好] (Autonomy) (1)患者の判断能力 (2)インフォームドコンセント (3)治療拒否 (4)事前の意思表示 (5)代理決定(患者にとっての最善とは何か) |
[QOL] (人生の充実度) (1)定義と評価(心理、 社会、身体、魂) ・偏見の可能性 ・誰がどのように決定するか (2)影響を与える因子 |
[周囲の状況] (誠実と公正) (1)家族、関係者、スタッフ (2)守秘義務 (3)経済 (4)施設方針 (5)教育 (6)法律、宗教、世間の目 (7)その他(情報開示) |
4分割表の使い方
(1)4つの枠に何かを入れること
(2)2つ以上の枠に関わるものは大事
(3)問題と同時に不十分な情報を確認
(4)全体を見わたし、急ぐところ、実行できることから対応を考える
詳細は「白浜雅司のホームページ」
http://square.umin.ac.jp/masashi/
(民医連新聞 第1404号 2007年5月21日)
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