ご近所の“底力”になる! ~マンモス団地の「階段調査」から~ 北海道・厚別健康友の会&もみじ台内科診療所
もみじ台団地は、札幌市一のマンモス団地です。高度経済成長期につくられて四〇年近くたち、入居者の高齢化がすすんでいます。そ こに、もみじ台内科診療所があります。「診察は恐怖の日」~団地の三階に住む、ある高齢の在宅酸素患者さんが口にしたひとことをきっかけに、診療所は団地 に住む高齢者共通の悩みに気づきました。団地は五階建てですが、エレベーターがないのです。健康調査を行うと、階段の上り下りが命にかかわる患者さんも複 数浮上。医学的データを示すと、腰の重かった行政も動きました。「ご近所の〝底力〟になりたい」。そんな診療所を取材しました。(木下直子記者)
「診察日は恐怖の日」この一言から
昨春に診療所に就任した堀毛清史所長は「月二回の、診察の外出が恐怖の日」という患者さんの言 葉が最初はピンときませんでした。しかし、往診で気づきます。「団地の高齢者には、階段の上り下りが重い負担なのでは?」。団地の上階の患者さん宅に向か う時、自分でも息切れがしたからです。
厚別健康友の会と診療所は、七月から階段の問題と健康について、調査をすることに。対象は、三階以上に居住する六〇歳以上の患者さんです。呼吸器疾患の 患者さんには、階段の昇降時に血圧・酸素飽和度の測定装置を着けてもらい、体への負荷を調べました。
職員と友の会のほか、厚別生活と健康を守る会、医学生、研修医ら三〇人が関わりました。
階段は本当の「命がけ」
二カ月間で一四二人から聴きとりました。「高齢者や障害者が、外出さえままならない不自由な生活に耐えて暮らしていました」と、調査責任者の久野かや子看護師長。
「階下への移住」を希望する人は五三%、階段の昇降で足腰の痛み、息切れ・胸痛がある人は過半数。階段で何かあったときのために、心臓用スプレー薬や健康手帳を持ち歩くという人もいました。
また、上階の居住者には「送迎がたいへんだから」と、デイサービス利用を施設側に断わられたり、酸素業者が小さなサイズの液体酸素しか配達してくれない、という事実も初めて分かりました。
階下への転居が実現した!
もと炭鉱労働者の内田幸彦さん(72)の住まいは三階です。じん肺で在宅酸素療法をしています が、会話でも息切れし、家に着くと一〇分以上休まないと、呼吸の乱れはおさまりません。階段を上がると、酸素飽和度は八八%に低下、命にかかわる危険域で す。外出が本当の「命がけ」だったことが分かりました。
ですが、エレベーターのあるマンションは、家賃が高く移れません。「生命の危険あり」との堀毛所長の意見書と階段昇降時の血圧・酸素飽和度グラフを添 え、内田さんは一階への転居を厚別区に申請。一階への転居は以前も申請しましたが、通りませんでした。しかし今回はすぐ許可されました。
一人の患者さんの声に着目し、医学的な視点でアプローチして、地域全体の問題がみえ、改善にもつながりました。調査結果を手に、初めて行政に懇談も申し入れました。
発信と交流を地域で強めて
自治体の保健師と地域の問題を共有する
診療所と友の会、札幌市の保健師さんたちとが初めて懇談した夜。当初一、二人の予定だった自治体の参加者
は増え、社会福祉士二人を含む五人が出席しました。
診療所は階段調査のきっかけや結果概要(左)を報告、その中でも気になった患者さんの症例をあげて助言を求めました。階段の昇降が命にかかわる恐れのあ る患者さんは、先述の内田さんのほかにもいたのです。ケースを中心に、懇談はたちまち熱くなりました。
「呼吸器疾患・低肺の患者は、二階の住居でも危険ではないか」という意見、「階下への住み替え抽選には、医師の診断書が有利になる」「ケースによって は、特例措置の転居も可能ではないかと思う」などの情報が飛び交います。
「心強い」と喜ぶ自治体の保健師たち
もみじ台団地には、二万人近くが住んでいます。当時は若かった入居者も、四〇年経って高齢化し ました。景気が良い時期は出てゆく人が増えましたが、いまは冷え込む景気の影響を受けて戻る人が増え、入居待ち世帯も多数あります。高齢者や障害者、低所 得者など、社会的弱者と呼ばれる層が集中する地域になりました。厚別区の高齢化率一六・三%に対し、もみじ台地域は二三・二%です。
独居、老老世帯、認知症のケース。「建物も人も古くなった団地ですが、これまで医療機関と交流する機会がなくて」。自治体側も、援助の方法を探ってはい ましたが、マンモス団地で山積する問題に、どこから手を出せばいいのか、と考えあぐねていた様子でした。
話せば話すほど、保健師・社会福祉士さんたちの顔が明るくなりました。「みなさんの調査が、もみじ台をささえるきっかけになれば。こんなに一生懸命、地 域のことを考える医療機関があったんですね」「地域をつかむ視点を学ばせてもらいました」「高齢者の問題は、すぐ解決できないことが多い。ですが、地域に いっしょに相談できる診療所があるとは心強い」と懇談の感想を語りました。
会議が終わって、いったん席を立っても、立ち話が続き、みんななかなか帰ろうとしませんでした。「いやあ、こんなに話ができるとは嬉しい。ね、記事の見 出しも、思いついたよ。『カイダン(階段)調査でカイダン(会談)』ってどう?」…堀毛所長からは、冗談もとび出しました。
調査は団地の話題に
階段調査は団地の中でも話題になっていました。友の会への加入呼びかけで訪問活動をすると、「調査結果が知りたい」の声が。友の会加入者も増えています。「自治会でも調査したい」と、言い始める自治会長もいました。
「診療所にはベテラン職員も多いですが、民医連の方針が繰り返し呼びかけるような、地域に出るとりくみは大してやれていなかった」と高崎知哉事務長。 「何ができる? と考えていたところに、階段の問題が出て…『これだ』と、とりくんだんです」。
エレベーター設置など住民要求に基づいた対策が必要であり、行政や地域のさまざまな人たちと連携して運動をすすめることが、次の課題です。
「最初は在宅酸素の患者さんの、個別の問題なのかと思ったけれど、調査して、その解決方法が『ほかへ引っ越せばいい』というものではなかったと分かりま した。住民は、地域に愛着があるんですね。住み続けられるもみじ台団地にするため、僕らはご近所の『底力』になりたい」と、堀毛所長は語りました。
階段調査結果の概要
(もみじ台内科診療所)
|
60代 |
70代 |
80代 |
90代 |
5階 |
41人 |
14人 |
2人 |
0人 |
4階 |
75人 |
21人 |
5人 |
0人 |
3階 |
73人 |
45人 |
11人 |
1人 |
2階 |
77人 |
66人 |
26人 |
4人 |
◆階段調査の結果から◆
「患者さんが、団地の何階に住んでいるか?」高齢でも3~5階の住民はいる。5階には70代が14人、80代も2人。カッコの赤字は在宅酸素療法中の患者さんです。
◆生活・健康調査◆
階段の上り下りの時の不調や、団地に住んでいて困っていること、住居変更の希望の有無をアンケートすると… 階下への移住を希望していた人は53% (54人)。「必要な援助」として110人の圧倒的多数があげたのは、「エレベーターの設置」だった。一方「エレベーターはほしいが、設置費の負担が住民 に来るなら、無理」の声も。
◆呼吸器疾患の患者さん 階段昇降の負荷は?◆
呼吸器疾患の方には、階段昇降時に装置をつけ、血圧・酸素飽和度を測定。「飽和度が88%に急落」、「飽和度だけでなく脈拍も下がりプレショック状態」など、階段の昇降で命の危険さえある人がいることが判明。
(民医連新聞 第1395号 2007年1月1日)