平和が未来をひらく 国境を越えた近現代史 研究者・教師たちの挑戦 ―日中韓3国共通歴史教材委員会―
首相の靖国参拝や九条改正の動きにアジア諸国から、「日本が再び戦争できる国になる」と懸念の声が上がる一方、日本では、こうし たアジア諸国の反応を、「内政干渉」と非難する人もいます。そんな中、「アジアの友好・平和を切り開きたい」と、日本・中国・韓国の研究者・教師らが共同 で『未来をひらく歴史』教材をつくりました。「歴史認識の違いを乗りこえることは、平和を築いていく手だて」という編集委員の齋藤一晴さんに、迫力ある歴 史教材づくりの様子を聞きました。(横山 健記者)
編集会議は迫熱の連続
ことの始まりは、中国側主催のシンポジウムでの、「共通の歴史教科書をつくりたい」という提案 でした。それに俵義文さんたち(子どもと教科書全国ネット21)日本側と韓国側が賛同しました。私は以前から、中国語の翻訳などを手伝っていたので「ぜひ 参加したい」と、お願いしました。編集委員には私のような三〇代から、戦争を経験した世代まで、三世代の研究者・教師、市民運動の人たちが参加していま す。
この歴史教材は、ページや章ごとに三国で割り振り、執筆した原稿をもとにグループや全員で議論しました。しかし歴史認識が違うので、意見はかみ合いませ ん。編集会議は「おだやかな意見交換」ではなく、すごい迫力で意見を言い合うもので、私はドキドキで参加していました。
中国の参加者には、意見は聞いても持論は曲げない人や、相手の意見をはぐらかす人がいます。彼らのほとんどは政府機関で働いており、政府の公式見解と異 なる一個人の考えを簡単には受け入れません。認めることで職を失う危険性さえあるのです。それでもあえて参加しているのは、戦争や革命に翻弄された人生 を、「歴史を問い直すことで取り戻したい」との思いがあるからです。韓国の参加者には非常に情熱的な人が多く、民主化闘争などの歴史に見る激しさを体現し ているようでした。
そんな風に会議は、一行一字を徹底的に議論するもので、約一〇回の編集会議の参加は、ほとんどボランティア。交通費などすべて自費です。朝の九時から夜の一二時まで、帰国日のギリギリまで議論しました。
私が担当した「総力戦体制(一二〇㌻)」では、中国側と意見が対立しました。中国側は「戦争の責任は日本国民ではなく、一部の軍人にある。『総力戦』 は、責任をあいまいにするだけだ」と、反対しました。しかし「総力戦」は、日本の歴史学において、ここ二〇年でもっとも研究された分野です。確かに戦争を 推進したのは軍部でしたが、それをささえ加担したのは国民でした。この考え方は、中国側にはなかなか受け入れてもらえませんでした。
違いを理解しあえる、という理想を
歴史を学ぶうえで大切なことは「歴史は更新される」という認識と、「他国や世界の視点から自国を見る」ことだと思います。
歴史は、研究や新発見でどんどん更新されます。しかし今の教科書には、「歴史認識をどう話し合い、どう更新してきたか」が書かれていません。
編集会議でめざしたのは、お互いに「自国に都合のいい歴史」から「歴史事実」だけを取り出すことでした。自分の国を飛び出して、他国の視点から見て、考 えることから始めました。それぞれ研究者としての想いはありますが、この歴史教材のように、私たち自身も他のメンバーも、歴史観の大きな更新が必要でし た。
「考え方が違うから、共通の歴史教科書なんて無理」という声も聞きました。しかし、可能だという理想を持たなければすすみませんし、つまらないでしょう?
ドイツとポーランドは、三〇年間も議論して共通の歴史教材をつくりました。最初に「教師用」教材をつくり、教師自身の歴史認識を更新する作業から始めま した。来年からは、ドイツとフランスでも共通の歴史教科書が使用されることになっています。
「自分たちは悪者だったから、土下座して謝らなくてはいけない」や「中国や韓国の人たちは戦争について何でも知っている」と考える人もいますが、そんな ことはありません。中国や韓国でも「被害者が被害に向き合う難しさや、お互いに学びあうことが大切」という教育に変わりつつあります。
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〇六年一一月にも京都で会議があり、「〇九年までにもう一冊つくろう」と提案されました。それは年代を追うのではなく「人権」などのテーマごとに、「それがどう発展してきたのか」を深める予定です。
歴史認識は、ゆっくりであっても更新を続けていくことが重要です。東アジアで、この歴史教材が広く利用される日を信じています。アジアの人びとがお互いの理想を語り合い、違いを理解し合って、平和を築いていく手だてになれば、うれしいです。
齋藤一晴さん(31歳)
日中韓3国共通歴史教材委員会委員。明治大学文学部専任助手(大学院博士後期課程史学専攻)。法政大学第二高等学校非常勤講師として、「世界史」や「マスコミと現代」などを教えている。
(民医連新聞 第1395号 2007年1月1日)